「尾上菊五郎」1枚 縦24・3㌢、横18・3㌢ 明治8(1875)年ごろ サントリー美術館蔵

【アートの扉】発見!お宝サントリー美術館/3 「尾上菊五郎」生々しさの源は?

文:久保佐知恵(サントリー美術館学芸員)

コレクション

日本美術

 ことばにならない違和感を覚える。けれどもなぜか気になってしまう。そんな作品の一つが、五代目尾上菊五郎(1844~1903年)の舞台姿を表した本作だ。私も初めて実物を見た時、あまりの生々しさに思わず「わっ!」とのけぞった。こうなると、もう目が離せない。「瞳がきらきらしていて生きているみたい」「どうして画面が砂粒のようになっているの?」など、さまざまな思いが湧いてくる。

 実はこうした心のざわめきを、明治時代の人々も感じていたらしい。というのも、本作は明治8(1875)年ごろ、彫刻会社という印刷会社が販売した役者絵シリーズの一つであった。しかし、江戸時代以来の浮世絵による役者絵を見慣れた一般庶民には受け入れられず、不評に終わったと伝わっているからだ。

 当時の人々が抵抗感を覚えた一因として考えられるのはやはり、写真のようで写真ではない奇妙なリアルさだろう。この生々しさの源は、当時最先端の印刷技術「砂目石版」にある。表面をあえてざらざらにした版面に、役者の写真をもとに肖像を描き、紙に転写することで、独特の陰影表現が生み出されているのだ。さらに本作を含む役者絵シリーズは、浅草で役者の写真を売っていた人物の依頼を受けて作られたとも言われている。

 つまりこの役者絵は、石版と写真という新しい技術を用いて、旧来の役者絵からの脱却を図った意欲作であったものの、残念ながら時流に合わず、世間から忘れ去られてしまった。しかしそのアンバランスな魅力は、150年の時を経てもなお、私たちの目と心を刺激してやまないたくましさを持っている。

〈メモ〉

彫刻会社(ちょうこくがいしゃ)

 明治7(1874)年に梅村翠山が東京・銀座で創業した会社。アメリカから石版印刷機を購入し、腕利きの外国人技術者を招いたものの、彼らの高給が経営を圧迫。同12(1879)年に他社に合併された。

INFORMATION

開館60周年記念展 ざわつく日本美術

29日まで、東京都港区赤坂9の7の4、東京ミッドタウン内のサントリー美術館(03・3479・8600)。「心がざわつく」ような展示方法や作品を通して、コレクションを味わう展覧会。本作は通期で展示される。火曜休館(24日除く)。
※現在は終了しています。

2021年8月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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