この絵画は、弓指寛治が過去の家族写真をもとに、描いたものだ。中央の女性が彼の母親、赤ん坊は弟、左奥にいる少年が弓指本人である。弓指が生まれ育った三重のナンバーの車も見える。
音楽教室の先生だった母親だが、この家族写真から数十年後、交通事故に遭い、その後遺症に苦しんだ末に自死に至る。弓指は残された家族としてこのつらい出来事と正面から向き合い、事故に遭う前の母親の姿を慰霊の気持ちを込めて表現した。
母親の背後の車と、後ろを振りかえるかのような彼女のしぐさは、後の事故をどこか予感させる。一方で、弓指本人は、母親のいる場所から画面奥へ駆け出す少年の姿で描かれており、家族を襲ったつらい出来事から、さらに先へと向かおうとしているかのようである。また、舞い散るガラスの破片は、事故の衝撃を暗示すると同時に、幸せだった頃の家族の姿をきらめきの中に浮かび上がらせるようにも見える。
弓指は本作をはじめ、交通事故や家族の死というテーマに取り組んできた。それによって、彼自身が救済されるだけではなく、同じように苦しむ多くの人々と経験を共有し、社会に問う側面もあるのではないか。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、活動を制限せざるを得ないアーティストへの支援策として、愛知県は2020年度、若手アーティストの作品を積極的に収集した。本作品もその新収蔵作品の中の1点であり、過酷な状況にいる人々に文化芸術が何らかの救いを与えるものになればと思う。
PROFILE:
弓指寛治(ゆみさし・かんじ)
1986年、三重県生まれ。2018年に岡本太郎現代芸術賞で岡本敏子賞を受賞。3月に発表された新進作家を発掘・支援するVOCA展2021では佳作賞を受賞した。
INFORMATION
愛知県美術館(052・971・5511)
2000年代以降に制作・発表された多様なコンテンポラリーアートを紹介するコレクション展が11日まで開催中。本作も展示している。月曜休館。名古屋市東区東桜1の13の2。
2021年4月5日 毎日新聞・東京夕刊 掲載