ガブリエーレ・ミュンター「抽象的コンポジション」1917年 油彩、板 縦23.4㌢、横59.4㌢ 横浜美術館蔵

 ガブリエーレ・ミュンターは、1877年ドイツに生まれ、両大戦の戦禍をかいくぐり、1962年に85歳で没するまで画家として活躍した。彼女が画家を志した19世紀末、ドイツでは女性が美術アカデミーに入ることは許されておらず、ミュンターは後にパートナーとなるワシリー・カンディンスキーらが主宰した私学で絵を学んだ。やがて20世紀に誕生する抽象絵画の道をカンディンスキーらと切り拓(ひら)いていく。

 本作は、彼女が第一次世界大戦中に亡命したスウェーデンの田園風景を描いたとされる作品。画面左上にはクモを思わせるかたちや、画面右端には草原を歩くブタの姿なども見られる。ミュンターの作品は、鮮やかな色彩と、モチーフを形づくる力強い輪郭線が特色として知られるが、赤、青、黄といった多彩な色面と、それらを縁取る太い輪郭線からなる本作でも、その魅力はいかんなく発揮されている。

 彼女は絵を描くのが速かったことでも知られ、1日で複数点を完成させることができたという。本作でもまた、絵の具の乗りの薄さや、絵具の擦れた筆跡などから、「さっさ」という音が聞こえてきそうなほど、手早く制作された様子が想像できる。ミュンターは次のような言葉を残している。「わたしの絵画はすべて人生の瞬間です。その瞬間は言葉どおり瞬間的にやってくるので、なるべく早く捉えなければなりません。その方法さえ分かれば、どんな深いものも捉えることができます」

 20世紀初頭に新しい絵画表現を探求した女性画家のひとりとして、現在でも再評価が進むミュンターであるが、本作を含め、日本国内にある彼女の作品はわずか数点である。

<メモ>

 本作は横長の板に描かれているが、これはミュンターが亡命中に滞在した友人の別荘のドア板(の一部)だったもの。画面左下には友人への親愛を込めたハート形のサインがあるなど、遊び心にあふれた作品でもある。

INFORMATION

横浜美術館(改修休館中)

横浜、愛知県美術館、富山県美術館の3館の収蔵品から20世紀西洋美術史をたどる「トライアローグ」展は、愛知(4月23日~)、富山(11月20日~)で開催。本作も出品される。横浜での会期は終了した。横浜市西区みなとみらい3の4の1。
※「トライアローグ」展(横浜美術館、愛知県美術館)は終了しました。

2021年3月8日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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