ルネ・マグリット「王様の美術館」1966年 油彩、カンバス 縦130センチ、横89センチ 横浜美術館蔵

 シュールレアリスムを代表する画家の一人、ルネ・マグリットは、1898年ベルギーに生まれた。早くに母を失い、少年時代は幸福なものではなかったというが、その中で絵を描くことに喜びを見いだし、美術学校に入学。当初はキュービスムや未来派の影響のもとに前衛的な絵画を模索したが、デ・キリコの「形而上絵画」に啓示を受け、1926年ごろに無意識や夢の世界を描くシュールレアリストのグループに加わった。

 マグリットは、あるイメージを本来の文脈とは異なる場に置くことで、驚きや不思議な感覚を呼び起こす手法を用い、詩情に満ちた白昼夢のような世界を次々と描き出した。

 この作品は、マグリットが亡くなる前年の66年に描かれた。山高帽にフロックコートの男は、どこにでもいる中産階級の男性の表象として彼の絵に繰り返し登場するモチーフである。ここでは、男の石造りのバルコニーの前に立ち、背景は真っ黒に塗り込められている。体の内側には霧にかすんだ森が異なる風景が広がり、顔に目と鼻と口だけが浮かんでいる。まるで男のシルエットと背景はどこなのか、時刻はいつなのか、森の中の赤い屋根の邸宅には誰が住んでいるのか。画家の友人がつけたという「王様の美術館」という題名によって、我々の想像力はさらにひろがってゆく。

 現在開催中の展覧会にちなみ、この作品から紡いだ物語を募集したところ、約1ヶ月で1000通以上の応募があった。見る人の心にさまざまなドラマを喚起する作品である。

PROFILE:

ルネ・マグリット(Rene Magritte)(1898~1967年)

マグリットの人生は、芸術家としてはいたって平凡なもので、3年間のパリ滞在を除き、ほとんど故国ベルギーから出ることはなかった。23歳で結婚した幼なじみの妻と穏やかに暮らし、規則正しく毎日絵を描き続けたという。

INFORMATION

横浜美術館(045-221-0300)

横浜、愛知県美術館、富山県美術館の3館の収蔵品から20世紀西洋美術史をたどる「トライアローグ」展は28日まで。本作など約120点を介。愛知、富山にも巡回。横浜市西区みなとみらい3の4の1。
※「トライアローグ」展(横浜美術館、愛知県美術館)は終了しました。

2021年2月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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