ワリシー・カンディンスキー「網の中の赤」1927年 油彩、厚紙 縦61㌢、横49㌢ 横浜美術館蔵

 「抽象絵画の父」として美術史上にその名を刻むワシリー・カンディンスキー。彼の絵が、内面から湧き出てくるような激しい色彩に覆いつくされて「何が描かれているのかわからない」次元に到達したのは、1910年代の初頭であった。

 その10年ほどのち、ドイツの総合芸術学校バウハウスへの赴任を機に、カンディンスキーの画風は再び劇的な転換をみせる。

 「建築の家」を意味するバウハウスは その名の通り、建築を芸術の中心に置いてさまざまな分野の統合を目指していた。そこで教鞭(きょうべん)をとりながら形や色の効果について研究を深めたカンディンスキーの絵画は、「熱い抽象」と呼ばれた10年代の激情的な作風から、理知的な幾何学構成を主調とする「冷たい抽象」へと接近していく。

 本作は、その「バウハウス時代」の半ば、27年に描かれた。多様な色の直線、三角形、四角形、三日月形が組み合わされた画面構成には、この時期のカンディンスキーの造形理論が鮮やかに具現化されている。と同時に、画面全体を貫く色調の柔らかさや塗りむら、そして地と図の間に入り込むように配された赤と緑の柔らかい円といった要素に、構成主義絵画の厳格さとは一線を画す、この画家固有の叙情的志向とユーモアが垣間見える。

 色とりどりの形態の多重奏が豊かなハーモニーを織りなすその画面は、熱くも冷たくもなく、「あたたかい抽象」といった趣である。

PROFILE:

ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)(1866~1944年)

モスクワ生まれ。1896年に画家を志してドイツ・ミュンヘンに移り、1911年にミュンター、ヤウレンスキー、マルク、マッケらと「青騎士」を結成、表現主義運動を展開した。

INFORMATION

横浜美術館(045・221・0300)

横浜、愛知県美術館、富山県美術館の3館の収蔵品から20世紀西洋美術史をたどる「トライアローグ」展は2月28日まで。本作など約120点を紹介。休館は木曜(2月11日を除く)と2月12日。愛知、富山にも巡回。横浜市西区みなとみらい3の4の1。
※「トライアローグ」展(横浜美術館、富山県美術館)は終了しました。

2021年1月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする