鈴木春信「つれびき」明和4年(1767年)頃、太田記念美術館蔵 

【アートの扉】発見!お宝
太田記念美術館/6止 鈴木春信「つれびき」
寄り添う構図、深い愛情

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

コレクション

日本美術

 カキツバタが咲く池のほとりで、若い男女が体を寄せ合い、一棹(さお)の三味線を2人で弾いている。顔だけでは判別しづらいだろうが、右側が男性である。見極めるポイントは髪形だ。前髪を残したまま頭頂部を剃る若衆髷(わかしゅまげ)という髪形で、女性のように櫛(くし)を挿さないことを知っておくと覚えやすい。元服前の男性特有の髪形なので、この2人は若い10代のカップルということになるだろう。

 男性が弦を指で押さえ、女性がばちで音を鳴らしている。奇麗な音色を出すには、よほど呼吸を合わせなければならない。2人で演奏する姿を当時の人々が見た時、実はある歴史上の人物を思い浮かべる。中国・唐時代の玄宗皇帝とその愛妻の楊貴妃だ。2人で一緒に一管の横笛を吹いている「並笛図(へいてきず)」が、男女の愛情の深さを示す画題として、広く知られていたのである。その玄宗と楊貴妃という古典的な画題が、今風の若者に変換されている。みやびが俗に置き換えられることによって生まれるギャップが、この絵に上品なユーモアを漂わせるのである。

 男女のまなざしにも注目してほしい。男性は女性の顔をじっと見つめるが、女性は自分の手元を眺めるばかりで、どこかそっけない。だが、げたを脱いで足を組んでいるリラックスした仕草からすると、男性の熱心なまなざしもまんざらではないのだろう。あるいは、あえて恥じらいの表情を見せているのだろうか。わずかな動作に、恋の駆け引きが込められている。

 浮世絵は、ちょっとした予備知識とともに、じっくりと細かく鑑賞することで、その世界をより深く味わうことができるのである。

PROFILE:

鈴木春信(すずき・はるのぶ)(1725?~70年)

江戸時代に活躍した浮世絵師。明和2(1765)年、錦絵と呼ばれる多色刷り木版画の誕生に、重要な役割を果たす。ユニセックスな顔立ちと華奢(きゃしゃ)な体つきをした、まるで人形のような美人画で画壇を席巻した。

INFORMATION

太田記念美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)

男性の和装に焦点をあて、江戸の豊かな服飾文化をたどる「和装男子」展が来年1月6~28日に開催予定。12、18、25日は休館。春信のこの作品も見られる。東京都渋谷区神宮前1。
※現在は終了しています。

2020年12月21日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする