2020年、棟田響氏蔵、Photo by Kenji TakahashiⒸMakiko Kudo,Courtesy of Tomio Koyama Gallery

 右の方から街が照らされていく。手前にはまだ陰が残っている。夜が明ける瞬間だろうか。宙を行き交う、少し透けた人や動物。家々ではどんな生活が営まれているのか。想像が膨らむ。

 工藤さんが描く風景に、ある人は見覚えがあったり、子どもの頃の記憶が喚起されたりするかもしれない。郊外の住宅、調整池の茂み、体育館の裏――。何でもない場所が秘める小さな物語を、筆触を残した美しい色彩が語る。

 近所を自転車で探索する際に出合った場所がもとになった。散歩中の風景が「急に輝いて見える」、そんな瞬間や、自身の感情などがコラージュされるようにイメージとして立ち上がるという。

 工藤さんに、作品タイトルについてメールで尋ねた。すると「友人が飼い猫を立て続けに亡くし、かける言葉もないくらいだったのだけど、しばらくして彼女が『空気に生まれ変わって動物の呼吸を助けたい』と言って、そんな優しい清らかな心があることに驚いた。その言葉が頭から離れず、友人に頼んでタイトルにした」と返ってきた。工藤さんにとって動物は特別な存在だという。「子どもの頃放映されていたアニメの名作シリーズでかわいそうな子どもの傍らにはいつも動物がいた。体が弱く、一人でいることが多かった私は憧れていた」。今は16歳になるメスの猫と暮らす。

 本展では約20年にわたる画業を時系列にそって展示した。薄いハンカチに描いた新作をはじめ、インスタレーションや木彫りにも取り組んだ。「変化を感じてほしい」と工藤さんは願う。

INFORMATION

工藤麻紀子展

花が咲いて存在に気が付くみたいな
9月11日まで、神奈川県平塚市西八幡1の3の3の平塚市美術館(0463・35・2111)。月曜休館。国内美術館では初の個展。

2022年8月15日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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