子供たちと会話しながら作品を鑑賞するとびラー(右)

【人生100年クラブ】
作品介して人と人結ぶ「とびラー」
東京都美術館

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

サステナブル

 展示作品のガイドや、ワークショップの運営支援など、今や美術館にとって欠かせない、美術館ボランティア。東京・上野公園にある東京都美術館では、リタイア後の人たちから若い世代まで幅広い年齢が、より能動的に美術館に関わっているという。

 ●自分で計画し行動

 「自分で考えて計画し、行動するのが『とびラー』なんです。従来のボランティアとはちょっと違います」。同館の熊谷香寿美アート・コミュニケーション係長は話す。

 「アート・コミュニケータ」、愛称「とびラー」は、同館と東京芸術大が実施している「とびらプロジェクト」の担い手。学芸員や大学教員らと一緒になって、アートを介して多様な人々を結びつけることを目指している。任期は3年間。1年ごとに18歳以上の約40人を募集し、現在は139人が活動中だ。

 3年目だという長尾純子さん(55)は専業主婦。子供が中学生になると、自分の時間ができた。偶然目に留めた地元の美術館で鑑賞ボランティアをし、次に認知症だった母を介護した経験から、東京芸大が実施するアートと福祉の関わりについて学ぶプロジェクト「DOOR」に参加。その後とびラーに応募したという。

 とびラーになると、まず基礎講座を受け、コミュニケーションの方法、活動の場づくりについて学ぶ。基礎講座が終われば、実践講座。子供たちが学校ごとに鑑賞するプログラムが、対話を通して作品を味わう「鑑賞実践講座」の一つになっていると聞き、休館日の美術館を訪れた。

 9月下旬、にぎやかな声が館内に流れ込む。北区立田端小の6年生約100人が、開催中だった「フィン・ユールとデンマークの椅子」展を見に訪れた。長尾さんら28人が、班ごとについて展覧会を見て回る。

 会場には、色も形も多様な椅子が並ぶ。「これはどういうふうに使いたい?」。とびラーの大石麗奈さん(35)がハンス・J・ウェグナー作の椅子を指して尋ねると、男子児童が「ベランダに置いて、背もたれに上着を掛けたい」と答えた。確かに、背もたれはT字の独特な形をしている。対話をしながら、子供たちは次々と「発見」を口にしていく。

 ●母の介護に応用

 「とびラー」の活動について、長尾さんはコミュニケーションを基にした鑑賞法と出合ったことが大きかったと、母の介護を振り返りつつ語る。

 娘の自分のことも分からなくなり、途方に暮れていたとき。絵本のページをめくり、美術館で学んだ鑑賞法を使って話しかけてみた。「お母さん、この絵を見てどう思う?」「みんな笑ってて幸せそう」「どうしてそう思うの?」「みんなでご飯を食べてるから」--と会話が続いた。

 「桜を見て『春だよ』と言ってもピンとこなかったのに、アートの力ってすごいなと思いました」と、亡母との思い出をかみしめる。「ずっと家族のために過ごすのが当たり前だと思っていたけれど、今は自分のために生きようと思っています。今度は『社会の子供』を育てたいですね」

 熊谷係長は話す。「作品があるから立場を超えて話すことができるし、対話のきっかけにもなる。愛好家のためだけではなく、さまざまな立場の、さまざまな人たちのために美術館はあるのです」。美術館は鑑賞するだけの場ではない。いくつになっても社会と関わり、よりよい生き方につながる何かを発見できるのだ。

2022年10月16日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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