認知症の方とその家族が参加できる「ずっとび鑑賞会」の様子。絵は箕浦昇一「レストランにて…」(東京芸術大学蔵)=中島佑輔さん撮影

【ART!】
認知症に「ゆっくり鑑賞」

文:稲庭彩和子(いなにわ・さわこ=国立アートリサーチセンター主任研究員)

アートと医療

 「明日ですね! なかなか美術展にも行かれないんで、楽しみにしています」。電話越しに聞こえてくる声は明るい。翌日に美術館で開催される鑑賞会について、地域包括支援センターの看護師さんが参加予定の方に確認の電話をしていたのだ。このプログラムは認知症が気になる方を対象としている。

 今、美術館は地域の福祉や医療とも連携を始めている。こうした活動が加速しつつある理由のひとつは、美術館のような社会資源にアクセスできるかどうかは、健康を維持できる度合いと関連性があることが近年明らかになってきたからだ。美術館は公的な資源を持つ機関として、社会が作る健康格差に取り組む社会的責任があるという認識が、国際的にも高まっている。特に認知症に優しい「認知症フレンドリー」と呼ばれるような、当事者と介護をする人が気兼ねなくアクセスでき社会参加に繫(つな)がる機会の提供は、超高齢社会で急速に求められてきている。

 認知症の方と介護者が共に参加できる美術館のプログラムは米ニューヨーク近代美術館が2006年に「Meet Me(ここで会いましょう)」というプログラムを推進したのをきっかけに米国やヨーロッパで広がり、またここ10年ほどでシンガポールや台湾などアジア各地でも広がりを見せている。その特徴は会話をしながら「ゆっくり鑑賞」することだ。

 プログラムは大抵ホスピタリティーに満ちた和やかな雰囲気で、数人が絵を囲んではじまり、ファシリテーターと呼ばれる進行役がみんなの発言を繫ぎながら、ひとつの作品を15分ほど、三つほどの作品をゆっくりと鑑賞する。参加者は目の前にある絵を見て、心に浮かんだことを言葉にして伝え合う。いろいろな見方が出てきて15分はあっという間だ。参加者はこうした鑑賞を通して、作品や他者に繫がる機会を得られ、さらには自己肯定感が高まり、孤独感が軽減し、認知症の進行を遅らせる可能性も報告されている。加えて介護をしている人のリフレッシュになりプラスに働くという報告も数多くされている。

 冒頭の鑑賞会は東京都美術館と東京芸術大学が連携し実施しており、地元である台東区立の病院や地域包括支援センターが協働して実現している地域連携型の事例だ。その様子が動画でオンラインで公開されている。(https://www.zuttobi.com/movie/U1fojzzJ)認知症に対応したプログラムはコロナ禍によってオンラインでの開催も増え、近くに美術館がなくともパソコンなど機器を使える介助者がいればどこからでも参加できるものもある。来る3月は自宅で楽しめる鑑賞会「おうちで印象派展」が開催予定で、現在参加申し込み受け付け中だ(12日まで)。

 あと数年もすればテレビのようにリモコンのボタンを押せば美術館に繫がって絵を一緒に楽しむことができるようになるだろうか。いや、やはり実際に作品を目の前にして気軽に誰かと会話できる場が必要だ。では移動式の美術館ならどこにでも行かれるか? と次なるアイデアを研究事業として考え始めている。

2024年2月11日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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