「光の仏師」。鎌倉時代に活躍した仏師・快慶を、写真家の佐々木香輔さん(38)はそう表現する。「快慶の手がけた仏像にはさまざまな工夫が仕掛けられている。とりわけ光に繊細なセンスを持った人だったのでしょう」
10月に刊行された写真集『快慶作品集』(東京美術)は、佐々木さんが2020年3月まで奈良国立博物館で写真技師として勤務していた際に撮った写真を集めた。快慶の代名詞とも言える数々の「三尺阿弥陀(あみだ)」(およそ90センチの阿弥陀如来像)など、現在、快慶作と判明しているほぼすべての仏像を収めた。
快慶仏との出合いは14年、京都・醍醐寺三宝院の弥勒(みろく)菩薩(ぼさつ)像だった。写し出した横顔に「思わず息をのんだ」。肌は鈍く光り、水晶でできた玉眼だけがきらりと反射していた。「ライティングの力をここまで感じたことはなかった」。別の像を同じように撮っても、肌がぎらぎらと反射してしまう。違いは仏像表面の仕上げだった。弥勒像は金粉をにかわで溶いた金泥で塗られ、別の像は金箔(きんぱく)を貼っていた。「金箔の輝きは仏が人を超越した存在であることを表現できるが、快慶はあえて金泥で人間に近い肌を表現した。そこには快慶なりの仏との向き合い方が表れている」と佐々木さんは考える。
19年秋、兵庫・浄土寺の阿弥陀如来及び両脇侍像の撮影も印象的だったという。極楽浄土の再現を試みた寺院で、お彼岸には像の真後ろに太陽が沈むように作られている。そこでも快慶の演出を目の当たりにした。「仏像の背後に表現される光背がとても簡素。太陽の光を遮らない工夫でしょう」。その時が来ると「まるで仏像が自ら光を発しているようだった」。暗くなるまでのわずか10分ほど、夢中でシャッターを切ったという。
博物館では全体に光を当てるいわゆる「資料写真」が重視されるが、佐々木さんは黒バックで陰影の濃い写真も撮り続けた。「資料写真にも良さがあるが、それだけで仏像の魅力が伝わるわけではない」。陰影は「想像のための余白」だという。「暗闇には、肉眼では見えない思いや祈りが浮かび上がってくる」。今後も、仏像を介して光と闇を見つめ続けるつもりだ。
2023年12月18日 毎日新聞・東京夕刊 掲載