ブランドを代表するパンツスタイルの数々
ブランドを代表するパンツスタイルの数々

 衣服は生活に欠かせない。だからこそ優れたファッションデザインは時に世の中の景色を変え、新たな歴史を刻む。時代の先を見据え、女性の装いに新たな可能性をひらいた「モードの帝王」の姿を伝える「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」(12月11日まで)が東京・六本木の国立新美術館で開催中だ。

 フランスのファッションデザイナー、イヴ・サンローラン(1936~2008年)の、国内では没後初となる回顧展。イヴ・サンローラン美術館パリの協力を得た。

 展示室に入ると、白い台座にあぐらをかくサンローランの写真と目が合う。黒縁めがねの奥の瞳が鋭く光る。幼少期からデザイナーを志望し、10代で当時、パリを席巻していたクリスチャン・ディオール(1905~57年)の目に留まった。ディオールが急逝すると21歳でブランドのチーフデザイナーに就任。4年後にはパートナー、ピエール・ベルジェと共に、自身の名を冠したブランドを開始する。

 本展は、58年から02年に引退するまでの間に発表したルック110体の他、10代の頃に作製した着せ替え人形やスケッチ、アクセサリーや写真約260点を通してその生涯を概観する。

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1977年に発表したウエディングガウン。サンローランは生涯で80点の花嫁衣装をデザインした
1977年に発表したウエディングガウン。サンローランは生涯で80点の花嫁衣装をデザインした

 繊細な刺しゅうをふんだんにほどこしたカーディガンや鶏の羽をたっぷり縫い付けたガウンの豪華さ、読書による旅から着想を得た鮮やかな色遣い、ガラスやビーズを取り入れたアクセサリーの遊び心、舞台衣装の力強さ――。「完璧主義者」と評されたサンローランの作品はどれもすきが無く、すごみさえ帯びている。

 その中でも注目したいのは60年代後半に打ち出したパンツスタイルだ。今でこそ、女性はどこにでもパンツ姿で出かけられるが、当時のフランスでは好まれなかった。批判も浴びたが、サンローランは男女の服の垣根が早晩、取り払われることを見越していたのだろう。旧来の価値観を打破しようとした68年の「5月革命」の空気を事前に嗅ぎ取ったのかもしれない。色味は抑え、ベルベットやウールといったエレガントでくつろいだ素材を使ってタキシード、ジャンプスーツ、トレンチコートなど自由を求める女性の願望をデザインで可視化した。それらは現代の私たちのワードローブの原型にもあたる。

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モンドリアンにオマージュをささげたカクテルドレス(手前)
モンドリアンにオマージュをささげたカクテルドレス(手前)

 芸術を愛した。よく知られる、黒い直線と色面で構成するモンドリアンの作品に着想を得たワンピースだけでなく、キュビスムの画家ブラックをオマージュしたアンサンブル、マティスの色彩をイメージしたドレス、ゴッホが描いたアヤメをかたどったジャケットも。内からあふれる憧れに形を与えた。
 図録の論考も充実する。京都芸術大の本橋弥生教授は、サンローランに熱狂した60、70年代の日本社会の息づかいを伝えた。ステレオタイプを打ち砕きつつ、王道も歩んだその足跡は、時代背景の違いを超え、ものづくりの本質を伝えている。

2023年11月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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