今年3月に発足した「国立アートリサーチセンター」(片岡真実センター長)による初のシンポジウムが8日、東京・六本木の国立新美術館で開かれた。「Art, Health&Wellbeing―ミュージアムで幸せ(ウェルビーイング)になる。英国編」と題し、健康や福祉にミュージアムが資する役割について考えた。オンラインでも同時開催し、主催者によると25カ国から約1400人が参加の申し込みをした。
東京芸術大、ブリティッシュ・カウンシルとの共催。近年、健康で幸福に過ごすこととアートの関わりについて欧米を中心に研究が進む。プログラムの冒頭で、同センターの稲庭彩和子・主任研究員は「これまでの健康は睡眠、栄養、運動によって導かれるとされてきたが、超高齢化社会を迎えるなかでその概念は更新されている。コミュニティーとのつながり、経済状況、受けてきた教育といった社会的なものも健康に大きな影響を与えている」と指摘。そして、対話や創造的な思考を誘発する場としてのミュージアムは社会的な「処方箋」となり得ると語った。
この分野で先進的に取り組む英国から4人の関係者が来日した。マンチェスター市立美術館のルス・エドソンさんは同館での2事例を紹介。50歳以上の女性100人を集めたプロジェクトでは、女性らにそれまでに従事した仕事について語ってもらい、アーティストのスザンヌ・レイシーさんがその音声などを用いて作品を制作したという。
また、閉館した衣装美術館の所蔵品を活用した対話プロジェクトは、コロナ禍で多くの人が抱いた孤立感の軽減に役立ったと話した。エドソンさんによると同市は英国のなかでも最も貧しい地域の一つで移民や学生が多く、特に女性の失業や精神的な不調が目立つという。「現在の活動が地域のニーズにどう応えているのか。地域に溶け込み、さまざまな会話をし、耳を傾けている」と語った。
2023年10月30日 毎日新聞・東京夕刊 掲載