デイヴィッド・ホックニー「ノルマンディーの12か月」(部分)(2020~21年)作家蔵 ⒸDavid Hockney

 英国生まれのデイヴィッド・ホックニー(1937年生まれ)は現在、世界でもっとも人気のあるアーティストの一人だ。東京・木場の東京都現代美術館で開かれている「デイヴィッド・ホックニー展」は、これまで国内で紹介されることがほぼなかったアイパッドによる作品を含め、86歳を迎えてなお挑戦する作家の姿に迫っている。

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 ロンドンの王立美術学校を62年、首席で卒業し、キャリアをスタート。その頃の油彩画からポートレート、映像作品、全長90㍍におよぶ新作まで約120点が並ぶ。

ホックニーの「クラーク夫妻とパーシー」(1970~71年)テート蔵 ⒸDavid Hockney

 近所の大木、活(い)けた花、家族、旅先の風景などいずれも身近なものを印象的な光と共に描いている。70年代の代表作で友人を描いた「クラーク夫妻とパーシー」をはじめとしたポートレートシリーズでは室内のやわらかな自然光が画面を満たす。2010年に手に入れたアイパッドを制作のメインアイテムにしてからも、窓辺で、戸外で、そこに差し込み、降り注ぐさまざまな光を捉えた。

 近くの小路を描いた「春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」や、絵巻物のような「ノルマンディーの12か月」といった近作、新作を見ると、スタンプやブラシのぼかし効果といったアイパッド特有の機能をたくみに用いていることも分かる。それで移ろう光の表情だけでなく、風のざわめきや空気が含む水分まで表しているのだ。

ホックニーの「ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作」(2007年)テート蔵

 本展を担当した同館の楠本愛学芸員は、展示冒頭に2枚のラッパスイセンの絵を並べた。一つは1969年のエッチング、もう一つは2020年のアイパッドによる作品だ。「この2作は、60年以上に及ぶ制作の根底にある一貫性を象徴している」と話す。

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 ポップアートの文脈で語られることが多いホックニーだが、その画業を見渡すとき、浮かぶのは自分の見た世界を平面へとどう描き写すか、愚直なまでに向き合う求道者のような横顔だ。デジタルツールを用いたり、伝統的な画法から離れたりするのはその目的にかなう手段ゆえだろう。絵画へのあくなき興味と探究の日々と、日常のささやかな喜びやきらめきへのまなざしと、ホックニーが愛され続ける訳がよく分かる展覧会だ。

 ◇「共感」とは 5人展併催

 同館では、10代に向けた「あ、共感とかじゃなくて。」展も開かれている。共感される、共感するって本当はどういうことだっけ、と5人の作家が問い直す。

渡辺篤さんが手がけた展示室

 ひきこもりの経験を持つ渡辺篤さんは、ひきこもりの人たちと協働したプロジェクトを手がけた。コロナ禍で孤立する人たちから月を、外に出られない人たちから自室を、それぞれ撮影してもらい作品を構成した。ひとつとして同じ月も、部屋もなく「孤独」「ひきこもり」という言葉でくくって分かろうとすることをはねつける個別具体性があった。

山本麻紀子さんによる展示。中央に置かれたのは「巨人の歯」

 山本麻紀子さん、有川滋男さん、武田力さん、中島伽耶子さんの作品も「分からなさ」ゆえにさまざまなことがあり得る世界を感じさせてくれる。いずれも11月5日まで。

2023年9月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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