中園孔二「無題」2012年東京都現代美術館蔵=作品①
Photo by Kenji TakahashiⒸKoji Nakazono,Nakazono Family;courtesy Tomio Koyama Gallery

【ART】
没入誘う色彩の重層 早世の画家・中園孔二展
香川・丸亀

文:山田夢留(毎日新聞記者)

現代美術

 鮮やかな色遣いやかわいらしいキャラクターを見ていると、不意に不穏な情景が現れ、心をざわつかせる。離れていた時には見えていたものが近付くと消え、幾重にも重なった絵の世界に飛び込んでいくような感覚にとらわれる。早世の画家、中園孔二の世界を過去最大規模の展示でめぐる「中園孔二 ソウルメイト」が、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県)で開かれている。18日まで。

中園孔二 Photo by Osamu Sakamoto

 中園は1989年、横浜市に生まれた。高校2年で美術の道を志し、東京芸大に進学。卒業制作がギャラリスト・小山登美夫さんの目に留まり、翌年には小山登美夫ギャラリー(東京)で個展を開催するなど、画家として順風満帆なスタートを切った。2014年、環境を変えたいと香川県に移住したが、翌年、アトリエ近くの海に泳ぎに出たまま行方不明となり、25歳の若さでこの世を去った。

 約9年と短い活動期間の中で、中園は約600点もの作品を残した。本展では過去の展覧会を大幅に上回る約220点を展示。大小さまざま、色とりどりの作品が所狭しとかけられた空間は、混沌(こんとん)とした中園の作品世界そのもののようだ。竹崎瑞季学芸員は「表面はばらばらであっても景色は一個」という中園の言葉をヒントに、構成を考えたという。「ばらばらの作品をいっぱい並べて、空間全体で中園さんの見ていた景色に何とか近づけないかと思いました」。ちょっとした迷路のようなレイアウトや、行きつ戻りつ鑑賞できるゆるやかな章立ては、「中園さんの作品には人を惑わせるようなところがあるので、動線も一筋縄ではいかないものにしたかった」という。

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 タイトル「ソウルメイト」も、中園の言葉に由来する。「ぼくが何か一つのものを見ている時、となりで一緒になって見てくれる誰かが必要なんだ」。例えばこんなことを、中園はノートに書き留めていた。「『自分の世界観を共有してくれる誰か』ということを、繰り返し書いています。友人など実在の人物も、絵というもの自体も、親密で寄り添ってくれるものだったのではないでしょうか」と竹崎さん。会場の各所に掲示された「自分は、絵画と関係をもっている」などの言葉は、中園にとっての絵画が「対象」以上の何かであったことをうかがわせる。

 作品にしばしば登場する人のような造形も、傍らにいた存在の一つなのかもしれない。卒業制作で描かれた一点=作品①=は、中園特有の目と口だけの顔を持つ人型が中央に2人描かれている。暗い森のように見える背景にも大きな人影のようなものが見え、足元には赤い顔が二つ。「ひとびと」と題した章には、人のような精霊のようなゲームのキャラクターのような何かが描かれた作品が並ぶ。

中園の「無題」13年sasanao蔵=作品②
Photo by Kenji TakahashiⒸKoji Nakazono,Nakazono Family;courtesy Tomio Koyama Gallery

 独自のレイヤー構造も、中園の作品を特徴付ける。展示室を入って正面奥に見える大作=作品②=は、カラフルな色遣いの中に白いラインで描かれた大きな顔が目を引くが、近付いていくとその顔は見えなくなり、また別の人型やキャラクターのようなものが見えてくる。さらに近くで見ると白いラインは塗り残された線であることが見て取れ、緻密に描き分けられていることがわかる。一方、向かい合う2枚の展示壁を埋め尽くすように並べられた約150点は、あふれ出るイメージを即興的に描き留めたような作品群で、その表現の多彩さに驚かされる。

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「中園孔二 ソウルメイト」の展示風景=山田夢留撮影

 中園はドローイングや漫画などもたくさん描き残していた。その一つに、本人らしき人物が登場する8コマの漫画がある。何かにいらだち目の前のモノに当たろうとする人物。しかし、振り上げた拳を振り下ろすことができず、アトリエで頭を抱え座り込む。「彼を知る人は皆、礼儀正しくて良い子だったと言う。外に攻撃的にならなかった分、良いものも悪いものも自分の中にあり、自然と絵に出てきたのではないでしょうか」と竹崎さん。「ポストインターネット世代らしい表現と絵画という大きな流れの中の普遍性を併せ持つ中園さんの作品は、今の人たちの意識・無意識に届くと思う。亡くなった作家の展覧会ではなく、生きている作家と変わらぬ表現として、彼がまだいるような気持ちで見せています」。8月には初の評伝『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』(村岡俊也著、新潮社)が出版されるなど、その存在は今なお新鮮な輝きを放っている。

展示室に設けられた壁に所狭しとかけられた作品群。壁には通路があり、そこからまた別の作品が顔を出す=山田夢留撮影

2023年9月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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