英国の国立美術館テート

【ART!】
美術館と地域社会

文:稲庭彩和子(いなにわ・さわこ=国立アートリサーチセンター主任研究員)

 今年の1月、英国へ調査に赴いた。目的は英国の美術館がコロナ禍を経て何を重視しているのかを調査することだ。特に人々の健康や「ウェルビーイング」に対しどのような取り組みをしているか、ロンドンとイングランド北西部のマンチェスターなど3都市で約20人の方々に話を聞いた。

 現在、英国の国立美術館テートのコレクションから「光」をテーマにした名作120点が東京・六本木の国立新美術館に展示されている。この世界最大級の近現代美術館であるテートのラーニング部門を統括するマーク・ミラー氏の話が一つの潮流をよく示していた。キーワードは、近隣地域とのつながりの再構築、水平的な関係、そして社会的インパクトだ。「この地元で、もっと目に見える存在であり、もっと積極的に、もっと価値を共有できる存在でありたいと思っています」

 巨大美術館で国際的な視野を強く持つテートが、同時に地域の組織や団体とパートナーシップを再構築し、社会的なインパクトを出すための方針を練る渦中であるとの話は意外だった。ミラー氏によれば、コロナ禍により美術館の持つ資源や経済的環境が変化したこと、また社会状況の変化がその背景にあるという。美術館は地域に働きかけることを「アウトリーチする」というが、この外部からコミュニティーに関わる捉え方を更新し、地域コミュニティーの一員として真に水平的な関係を構築し直す必要があると説く。

 マンチェスター・ミュージアムは130年の歴史を持つ英国最大の大学博物館だ。今年2月に大規模なリニューアルを経て再オープンした。ハロー・フューチャーと名付けられたその革新的プロジェクトを牽引(けんいん)したエスメ・ウォード館長は、新しいミュージアムに「ビロンギング・ギャラリー」をオープンさせた。

 「Belonging」は居場所、一体感、帰属意識を指す。この展示室では、ミュージアムの多様なコレクションを活用し、人間や動物がいかにして居場所や帰属感覚を育むのかを探求する場所になるという。「スペース全体がさまざまな形の『私の居場所』をテーマにしています。私がこの展示を気に入っているのは、それぞれの来館者が多角的に物事を考えるきっかけになるところなのです」(館長)。コロナ禍により人々が孤立しがちになる中で、居場所への関心が高まり生まれた展示室だという。「人々をケアする新しい役割や機能を美術館が担うことに関しては、多くの美術館がその方向に進んでいると思います。ミュージアムとして従来通りコレクションや調査研究、展示等にも注力をし続けながら、この街に住む多様な人々と一緒に、今後ミュージアムはどうあるべきなのかを共に考える、関係性の構築にも注力しているのです」

 この調査をもとにしたフォーラムが10月8日に東京で開催される(https://ncar.artmuseums.go.jp/about/learning/forum/)。「Art, Health & Wellbeing ミュージアムで幸せになる。英国編」と題し、英国から5人のスピーカーを迎え、日英の対話を重ねる機会となりそうだ。

2023年8月13日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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