林康夫「ホットケーキ」(1971年、左手前)などが並ぶ第3章「『現代国際陶芸展』以降の走泥社(1964-73年)」の展示風景

 現代陶芸史を問い直す野心的な展覧会だ。京都国立近代美術館(京都市左京区)で開催中の「走泥社再考前衛陶芸が生まれた時代」展。走泥社といえば、戦後日本の陶芸界をリードした「前衛陶芸家集団」としてその名を歴史に刻む。では走泥社の「前衛性」とは何だったのか。本展は同時代の陶芸団体や作家にも光を当て、約180点の作品や資料を展示。走泥社前半期の活動を多角的に捉えることでこの問いに向き合う。

山田光「作品」(57年) 岐阜県美術館蔵

 走泥社は1948年、八木一夫、山田光、鈴木治、叶哲夫、松井美介(よしすけ)の5人により京都で結成。以降、さまざまな作家が出入りしながら98年まで活動を続けた。その功績は、焼き物による実用性のない「オブジェ陶」を世に知らしめたことにある。つまり「器」という焼き物の伝統を否定する中で、自由な造形表現を先駆的に確立させた。そのように走泥社の「前衛性」は語られてきた。

八木一夫「ザムザ氏の散歩」1954年 京都国立近代美術館蔵

 だが、こうした語りは、同時代に活動した「四耕会」など他の前衛陶芸団体を「否定する方便」にもなったと同館の大長智広・主任研究員は指摘する。「他の団体がただ造形的な仕事をしたのに対し、走泥社は総合的に焼き物を考えていた」というように。そうした評価を再考し、同時代の共通意識としての「前衛性」を浮かび上がらせようとするのが今展の試みの一つにある。

 また、走泥社の活動はこれまで主に創立メンバーの八木、山田、鈴木の仕事を通して限定的に語られてきた。今回は50年に及ぶ活動のうち「重要性が特に認められる」前半期の73年までを対象に、同人だった31人の作品を紹介。「3人を中心に作られてきた走泥社のイメージ」を見つめ直す。

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四耕会の宇野三吾「ハニワ形花器」(50年ごろ、左)などが並ぶ第1章「前衛陶芸の始まり走泥社結成とその周辺(1954年まで)」=いずれも山田夢留撮影

 3章構成の第1章は、54年までを区切りとする。敗戦後、社会の価値観が揺らぐ中、若い陶芸家たちは新時代の表現を探った。

 46年、走泥社の前身「青年作陶家集団」が発足。47年には同じ京都で四耕会が結成された。同会創立メンバーで、62年に走泥社同人となる林康夫の「雲」(48年)は、戦争の暗闇から立ち上がろうとする人間の姿と雲のイメージが重なり、重く響く。対する鈴木の「クリスマス」(49年)は白の表面に色彩があしらわれ、軽やかな印象。器物をキャンバスに見立てたパブロ・ピカソの陶器や、イサム・ノグチのテラコッタなど当時の陶芸界に影響を与えた作品も並ぶ。

 「この時期の陶芸家は、器物をいかに現代的な造形として自立させるかを模索した」と大長さん。その意識は四耕会による一連の花器にも映し出され、同時代の「前衛性」だったことがうかがえる。「オブジェ陶の記念碑的作品」として名高い八木の「ザムザ氏の散歩」(54年)もまた、その模索の延長線上に位置づけられる。

 続く2章は63年までを対象に、器という用途を離れたオブジェ陶が、作家の「内面性の表現」として追求され、広く定着していく時代を追う。たとえば走泥社同人、森里忠男の「作品B」(55年)は口を大きく開き、何かを叫んでいるかのよう。自作ノートには<道化ガ顔ヲノゾカセ、赤イ舌ヲ出シテイル自分ヲ嘲笑シナガラ>などと心理描写がつづられている。

森里忠男「作品B」1955年 個人蔵

 走泥社は50年代後半、当時新しく登場した概念「クラフト」(生活工芸品)にも積極的に関わるように。生活から離れようとするオブジェに対し、クラフトは生活への意識を取り戻す態度といえる。大長さんいわく「走泥社の活動はこの二つの方向を橋渡しした」。その中で、否定の対象だった実用性や伝統、技術などが再び取り入れられ、逆説的に「前衛性」が推し進められたとみる。

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 最終章は64年の「現代国際陶芸展」を起点とする。この日本初の本格的な国際陶芸展によって、世界のより自由な表現に触れた日本陶芸界は自己変革を迫られた。会場には、青や緑の色彩を取り入れた田辺彩子、エロスと死を追究した三輪龍作ら個性豊かな同人たちの作品が並ぶ。「オブジェ陶」とひとくくりにできないほど多様な表現が時代を彩っていたことを伝える。

 走泥社は半世紀続いた。10年以内に活動を終えた他の前衛陶芸団体との決定的な違いがそこにある。50年もの間、「前衛」を走り続けることができたのは器からオブジェへと展開し、クラフトや海外の刺激も推進力としながら「常に前衛意識を持って自分たちの仕事を乗り越えようとしたからでは」と大長さん。そのような絶えざる自己の更新こそが、紛れもない走泥社の「前衛性」だったのだろう。9月24日まで。岐阜、岡山、東京に巡回。

2023年8月7日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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