「人の姿を彫るのはプレッシャーがかかるけれど、自分でも見てみたい」と三沢厚彦さんは語る
「人の姿を彫るのはプレッシャーがかかるけれど、自分でも見てみたい」と三沢厚彦さんは語る

 クスノキから動物を彫り出す彫刻家、三沢厚彦さん(1961年生まれ)=写真=の、関東の美術館では6年ぶりとなる個展「三沢厚彦 ANIMALS/Multi―dimensions」が千葉市美術館で開かれている。わたしたちを見つめ返す動物たち。その目に映る世界を想像するとき、作品とのコミュニケーションが始まる。

 三沢さんは2000年、動物彫刻「ANIMALS」シリーズをスタートする。クスノキの丸太からチェーンソーとのみを使って等身大の動物を彫り出す。大きな動物は「寄せ木造り」の方法で木を組み合わせて作る。設計図は描かない。のみの痕がくっきりと残るその姿は「かわいい」とはまた違う、超然とした存在感を放っている。

「さや堂ホール」の展示風景。ペガサスの視線の先には舟越桂さんの半身像
「さや堂ホール」の展示風景。ペガサスの視線の先には舟越桂さんの半身像

 さまざまな場所で動物たちとの意外な出合いが待っている。1階エントランスの「さや堂ホール」。保存・修復を経たネオ・ルネサンス様式のこの空間には高さ約3㍍のペガサスが現れた。エレベーターホールではクマが出迎える。4階「びじゅつライブラリー(図書室)」の隅にはヒョウが、本展チケットで入れる5階の常設展示室にはカエルが座っていた。展示空間を、メインの7、8階にとどめず、各層に拡張させた。

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 随所で動物らと競演するのは、海岸に漂着した流木や廃材を組み合わせた「コロイドトンプ」シリーズや過去の芸術家をオマージュした「彫刻家の棚」シリーズ。1990年代の作品の他、油彩画の数々が時系列にとらわれず並ぶ。

最新作の「Animal 2023−01」。立ち上がったキメラ。「最初はうまく関係を結べなかったが、徐々に心を開いてくれた」と三沢さん
最新作の「Animal 2023−01」。立ち上がったキメラ。「最初はうまく関係を結べなかったが、徐々に心を開いてくれた」と三沢さん

 最後の展示室には、異なる動物が合体した巨大な「キメラ」が待ち受けていた。ヒョウ柄の胴体には翼が、ライオンの頭には角がはえている。尾の蛇は赤い舌を出している。相互理解できそうもない者同士が一つのボディーを共有している。「どの生命が欠落してもキメラの生命は危うくなる。一瞬一瞬の行動について判断を間違えれば崩壊してしまう。そんな存在を考えることは今の地球や宇宙のあり方を考えることにつながる」と、三沢さんはキメラを制作する理由を語る。20年に制作した四肢でふんばるキメラの先には、最新作が二本の足で立ち上がっていた。

 本展のテーマは「多次元」。建物の多層に展開する空間、行きつ戻りつする時間、異なる生命体の同居――、確かに、さまざまな次元が入れ子のように重なりあい、小さな宇宙を作っている。

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木彫の他、絵画やセラミック作品も並ぶ
木彫の他、絵画やセラミック作品も並ぶ

 三沢さんは、会期を通して「中庭部屋」と名付けた展示室で滞在制作している。6月中旬、同館を訪れると、部屋はクスノキのみずみずしい匂いに満たされていた。

 コンコンコンと、のみをたたくハンマーの音を響かせながら、三沢さんは、これまで見たことがない人の上半身を彫っていた。同館が所蔵する版画家、長谷川潔(1891~1980年)の「水浴の少女と魚」に触発されて制作し始めたという。「これまでも、人を彫ろうと思えばできたけれど、必然性やリアリティーが持てず、制作することはなかった。今回は、この美術館で長谷川の作品と出合い、その時かな、と」。会期中の完成を目指す。9月10日まで。

2023年7月3日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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