米・マトール川で2022年に撮影した岩根愛さんの写真

【ART】
写真雑誌『Decades』No.2刊行
時間の渦、10の物語

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

写真

 写真家、岩根愛さんが創刊した写真雑誌『Decades』の第2号(赤々舎・2970円)が刊行された。緊急事態宣言下のあの時期を振り返ることで、現在と過去、そして今後来る時間が立ち現れる。

 今回はそれぞれ同世代の写真家と作家10組による、2021~22年の写真とエッセーによって構成されている。その狙いについて岩根さんは「これまでどんな時間を過ごしてきたうえで、この3年間があったのか。この特殊な時間をどんなふうに表現できるのか、自分の写真ではないことでやってみたかった」と言う。

参加写真家それぞれの10の表紙がある

 菅野純さんは古川日出男さんと、長島有里枝さんは柴崎友香さんと、イ・ハヌルさんはシャロン・チョイさんと、飯沼珠実さんは朝吹真理子さんと、畠山直哉さんは大友良英さんと、そして、岩根さんは雨宮庸介さんと組んだ。

 例えば、古川さんの文章は、故郷の福島県郡山市を襲った地震をきっかけに、兄の入院・手術を知る場面から始まる。古川さんを大きく揺るがせる出来事のはずなのに、コロナ禍のために兄に会いに行けず、実際に同じくらいの「揺れ」を体感することもない。一方で、菅野さんが撮影した福島の写真を見ながら想像を広げ、自分が暮らす場所にも福島がある、と感じる。

 日本以外からの参加者もいる。イさんが撮影した、個性がにじむ韓国の「アジョシ(おじさん)」のポートレートと、映画監督、通訳者のチョイさんが経験した三つの葬儀。小原一真さんとナターリャさんは、ロシアによるウクライナ侵攻について、ナリン・サオボラさんとジェシカ・リムさんは、カンボジアで進む急速な開発について描いた。

 パンデミックだけでもなく、東京五輪があり、戦争が起きた。芋づるが絡み合うように、さまざまな出来事が心を沈ませたのに、早くも日々の細部が薄れつつあると気づく。数年後に見返してみたら、また違った意味を持つだろう。

 表紙は10バージョン。岩根さん版は、米カリフォルニアで、秋になって川の水が渦巻くようにして海へと流れ込むさまを撮影した写真だ。岩根さんは「10の物語にある時間の渦のようなものが、読みながら一つ一つ解かれていく感覚を味わってほしい」と話していた。

2023年6月19日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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