「美術館はだれのもの?:Whose Museums?」というフレーズは、美術館の制度が生まれた欧米でよく使われてきた。誰の声が美術館で代表され、あるいは封じ込められたか、また誰のための美術館なのか、ということが常に議論されてきたからだ。それは誰が尊重され、一方で排除されているのかという人権につながる議論でもある。近年海外では「#MeToo」や「Black Lives Matter」のような出来事によっても人権意識の更新の波がおこり、それはアートの分野にも確実にきている。「当たり前」の感覚に疑問を投げかけるアートの性質や、この世界の多様性を語る美術館の「公共の場」としての役割を考えれば、美術館における人権意識のアップデートはこれからもっと求められる分野になるだろう。
日本は国際的にみると人権意識の遅れを指摘されることが多いが、先進国のミュージアムでは四つの観点「多様性(Diversity)、公平性(Equity)、アクセシビリティー(Accessibility)、包摂性(Inclusion)」が重視されている。米国ではこれを頭文字で「DEAI」と示し、専門の委員会を設けるミュージアムも増えてきた。このミュージアムのDEAIの検討範囲は、誰が利用者であるかだけでなく、働くスタッフの公平性や、コレクションに付随するジェンダーや人種的な偏りにまで及ぶ。台湾では文化的権利の保障や文化へのアクセス向上を実現することが文化政策で重要性を持ち「文化平権」という単語が使われている。昨年改定された国際的なミュージアムの定義にも「多様性、アクセシビリティー、包摂性」の理念が含まれたことは、この流れを後押ししていくだろう。
文化へアクセスする権利について伝えることは、その人が社会につながる回路を増やし、孤独孤立を防ぐことにもつながる。この4月に施行された「こども基本法」では多様な社会的活動に子供自身が参画する機会を確保する重要性が明記された。例えば、美術館にある作品は、美術館のものでも政府やアーティストのものでもなく市民の共通財産だ。だから「美術館にあるものはみんなの共通の財産、子供も含めてあらゆる人が作品を楽しみ、語る権利があるんだよ」と子供に伝えたい。大人は美術館は子供には難しいと思いがちだが、実は小学3年生ぐらいの子供たちには美術館を楽しむ力が十分にある。旧来の常識を更新し、より多様な人々がそれぞれに楽しめる場にしていく余地があるはずだ。
全国7カ所の国立美術館では発達障害がある方に向けた「ソーシャルストーリー」(https://ncar.artmuseums.go.jp/about/learning/#accessibility)と呼ばれる冊子を、この春一斉に公開した。美術館の入館から退館までがやさしい日本語と写真で示され、館内はどんな様子か、どんなふうに楽しめるのか、行動の見通しを立てやすくする社会学習ツールだ。発達障害の専門の医師や当事者である子供の意見も反映して制作された。公共の場に多様な人がいることが普通で、美術館は互いの存在を認め合う場所にもっとなっていく。その更新の一歩でもある。
2023年6月11日 毎日新聞・東京朝刊 掲載