中村宏さんの「戦下の顔」(2020年)

【ART】
戦後78年の「戦争画」
東京・銀座で個展 中村宏さん

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

ルポルタージュ絵画

 ルポルタージュ絵画運動の代表的存在として知られる中村宏さん(90)が戦後80年近くがたった今、「戦争画」と向き合っている。少年時の空襲体験を基に戦争画を問い直そうとする初めての試みは、現在進行形だ。

 中村さんは浜松市生まれ。1950年代には政治的・社会的事件を、絵を通して記録し共有したルポルタージュ絵画運動に加わり、米軍基地の拡張反対運動に材をとった「砂川五番」などを描いた。

「空襲1945」(22年)の前に座る中村さん

 昨年から取り組むのが自分なりの戦争画だ。東京・銀座のギャラリー58(03・3561・9177)で開催中の「中村宏 戦争記憶絵図」展では、12歳で体験した浜松空襲や、疎開先から目撃した沿岸の艦砲射撃などを基に構成した新作を展示している。

 「空襲は嫌だったんです。死ぬんですからね。どこへぶつけたらいいか分からない恐怖があった。でも怖い怖いと言っていてもしょうがない。日常のためには、忙しい、かっこいい、きれいと、深く考えなくなる」。こうした矛盾するイメージを、美しいとも言えるダイナミックな構図で表した。

 軍部の依頼に応じて制作された戦争画には、戦地の生々しい体験は描かれていない、と中村さんは考える。一方、自身は戦地には行かなかったが、少年時代に刻み込まれた戦争体験を内発的欲求から絵画化した。歴史を持つヨーロッパの戦争画に対し、「(日本では)戦争画としてのジャンルがあるかないかということを、絵を描く立場として考えたかった」。

 今回、2020年に描いた「4分の1について」を改題し、「戦下の顔」として展示した。ひきつったようなお下げの少女について「恐怖と恨みと批判と、怒りとがまぜこぜに」なった、自分も含めた戦下の子供たちの顔だと説明する。思い返せば、これまで描いてきたセーラー服の少女たちの表情も「原体験が手に伝わって出てきた表現」だった。

 引き続き、戦争画に向き合うつもりだという。「年齢的に怪しいけども、体験上もういくつかのモチーフがありますので、もう少し描けたら描きたいかなと思います」。6月3日まで。

2023年5月29日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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