1973年に当時の妻、洋子を撮った「無題(窓から)/洋子」のシリーズ

 妻や自分、そして家族。私生活に目を向けて撮影した先駆けとも言える写真家、深瀬昌久の日本で初めての回顧展「深瀬昌久 1961―1991 レトロスペクティブ」が、東京・恵比寿の東京都写真美術館で開催されている。実現に至った背景には、共同キュレーターを務める深瀬昌久アーカイブスのディレクターで、アムステルダム在住のトモ・コスガさん(39)の存在があった。

 深瀬は1934年、北海道で写真館の長男として誕生。60年代初期からカメラ雑誌を中心に発表し、74年には米・ニューヨーク近代美術館で開催された企画展にも参加。92年に階段から転落して脳挫傷を負い、作家活動を中断。2012年に78歳で死去した。

 コスガさんは00年ごろから作品研究を始め、ブログなどを通じて発信。遺族から依頼を受けて14年にアーカイブスを設立した。フィルムの整理や、展覧会の企画、写真集の編集を手がけている。深瀬の写真について、「深瀬は視覚で撮ると言われるが、触覚的でもある。触れるように撮ることは、今のスマホ時代と共通する」と話す。

 本展は、出勤する妻をチャーミングに撮った「洋子」や、白と黒の世界が彼岸にも見える「烏(鴉)」、湯船に沈む自分を撮った、ユーモアと不穏さが同居する「ブクブク」、人間味を帯びた愛猫の姿を捉える「サスケ」などの代表作で構成。多様なスタイルのモノクロ写真には、日常をえぐった鋭い美しさがある。6月4日まで。

2023年5月15日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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