コウミユキの《Stand Up!》シリーズ「バケツの底できらめく泥」。奥は若林奮「DOME」

【ART】
広島現美リニューアル 「前と後」考える記念展
永らえるもの、戻らないもの

文:山田夢留(毎日新聞記者)

コレクション

現代美術

 今年3月、広島市現代美術館がリニューアルオープンした。約2年3カ月に及んだ改修工事では、黒川紀章による建築の意匠は残しつつ、大規模な補修や拡張が行われた。そこで生じた「前と後」を出発点に、さまざまな出来事の「前」と「後」を考える記念特別展「Before/After」が開かれている。

 同館は、日本初の公立現代美術館として1989年にオープンした。改修工事では防水設備の補修や照明のLED化、エレベーターの増設などを実施。館内表示に固定的なジェンダー観によらないピクトグラムを導入するなど、30年超の時代の変化も反映させた。

新たに導入された館内表示

 「古い建物を捨て去って建て替えるのではなく、改修して生き永らえさせることができたのは、喜びであり館の誇りです」と話すのは、本展を担当した角奈緒子学芸員。「30年以上前には思いもしなかった機能が求められるようになり、変えるべきところは変えた。一方で、美術館がエンターテインメントである必要はないと思う。変えずに守るところを自分たちでも考えたかった」。作家の作品ではなく、工事の図面や古い部材など、建物そのものの展示から本展は始まる。

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 同館のコレクションに加え、9作家が新作を制作した。原爆ドームに着想を得た若林奮(いさむ)の「DOME」(88年)の周りには、気鋭の作家4組の作品が並ぶ。美術・彫刻ユニットの「コウミユキ」は《Stand Up!》シリーズ「バケツの底できらめく泥」で、「お座り」する犬の置物の下半身を砕き、角材を入れて立ち上がらせた。従順だった「前」から解放された動物たちの「後」の姿は、立ち上がりたいのに立ち上がれない人間にエールを送るかのようだ。

 失われたものの存在をテーマにした竹村京(けい)さんの「修復」シリーズは、壊れたものや使われなくなったものを絹糸で縫い、薄い布で包む。本展では、同館で役目を終えた電球などを「修復」した。ブロンズ彫刻に施す工程を生のニンジンに施したという「Cast and Rot」は高橋銑(せん)さんの作。一見ブロンズに見えるニンジンが、永遠に続くということの意味を問いかけてくる。どっしりと大きな鉄の彫刻「DOME」と対照的な平田尚也さんの彫刻「Sweet heaven explorer」は、バーチャルの作品。データ上で組み上げられた彫刻を、鑑賞者はVR(仮想現実)で見る。「彫刻」という概念にも「前」と「後」が存在する。

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 先入観を持たずに作品を見てほしいと、本展では章立てを行っていない。代わりに、各展示室の壁に「#(ハッシュマーク)」のついた言葉がいくつも並ぶ。「歴史」や「忘却」といったキーワードに導かれて始まる展示後半では、繰り返される戦争や自然災害など、災いの記憶に踏み入っていく。

毒山凡太朗さん「Stay Home(広島展示バージョン)」の展示風景

 森村泰昌さんがアインシュタインにふんする「なにものかへのレクイエム(宙の夢/アルベルト1・2)」(2007年)の隣には、56年に広島で開催された「原子力平和利用博覧会」の資料コーナーが設けられている。「当時の新聞を見ると、広島の人たちは引き裂かれる思いだった。でも今はそれを知る人も少ない」と角さん。原爆投下からたった11年後にうたわれた「平和利用」のその先に、福島第1原発事故がある。毒山凡太朗さんの映像作品「Stay Home」は、防護服を着て一時帰宅する10代の女性を映し出し、二度と戻らない日常を突きつける。

石内都さんの「The Drowned」シリーズ

 広島で被爆遺品を撮る石内都さんの「The Drowned」は、被災した自作を撮影したシリーズ。収蔵されていた川崎市市民ミュージアムが台風で浸水し、変わり果てた姿となった自作と対面した時、石内さんは「作品にしなくてはいけない」と感じたという。イラン出身の作家でヒロシマ賞受賞者でもあるシリン・ネシャットさんの「Land of Dreams」(19年)は、同館16年ぶりの新規購入作品。本展で初公開されている。6月18日まで。

シリン・ネシャットさんの「Land of Dreams」の展示風景

2023年5月8日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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