「沈む声、紅い息」(2010年)について話す山城知佳子さん
「沈む声、紅い息」(2010年)について話す山城知佳子さん

 暗い展示室内に、さまざまな音が響き合う。くぐもった女性の声、洞窟内の水の音、シャーマンの祈り……。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県)で開催中の「山城知佳子ベラウの花」では、複数の映像作品が空間を仕切らずに上映されている。入り交じる音は意外にも鑑賞を妨げない。それどころか、生と死、現在と過去が交錯する山城さんの世界に、見る者をより深く引き込んでいく。

 メインの展示室は、2010年の映像作品「沈む声、紅(あか)い息」からスタートする。高齢の女性の語りは不明瞭で、耳を凝らしても聞き取ることができず、海中に沈むマイクの束から吐き出された泡は、海面ではかなく消える。撮影地は沖縄・辺野古の海。「この地上から消されてしまっている声、ないことにされてしまっている声が、沖縄の社会でも日本の社会でもいつでもたゆたっている。それを可視化できるイメージを追いかけていた」。自身のパフォーマンスを作品化してきた山城さんがフィクションに移行した最初の作品であり、沖縄戦の継承シリーズと位置づける一作だ。

 山城さんは1976年、沖縄生まれ。近年、東京で大規模展が相次ぎ開かれたが、本展が西日本初の本格個展となる。初期作から最新作まで18点を出展し、メインの展示室は区切ることが難しい構造を逆手に取って、10年以降の複数の映像・写真作品を一つのサウンドインスタレーションとして提示した。松村円学芸員は「非常に重層的に作品が読み込めるつくり。他では得られない鑑賞体験が得られると思う」と話す。

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「ベラウの花」(2023年)はデジタルで撮影した沖縄の映像と、8㍉フィルムで撮影したパラオの風景が組み合わされている
「ベラウの花」(2023年)はデジタルで撮影した沖縄の映像と、8㍉フィルムで撮影したパラオの風景が組み合わされている

 新作「ベラウの花」(23年)に映し出されるのは、バスの車窓から沖縄の風景を眺める高齢男性の姿と、8㍉フィルムで撮られた南国の風景。男性のまなざしは目の前の風景を見ているようでいて、別の場所、別の時間を見つめているようでもある。

 男性は87歳になる山城さんの父、達雄さんで、南国の風景は達雄さんが戦時中を過ごしたパラオで撮影した。達雄さんは最近、山城さんが尋ねても戦争を語らなくなった。その代わり、毎日バスに乗って見てきた光景を、うれしそうに話してくれる。「以前なら基地問題を語っていたような場所で、『きれいな花を見つけた』と言う父を見て、思い出したくない戦争の記憶をようやく忘れて、今まっさらな目で島を見つめているんじゃないかと思えた」

「彼方」22年山城知佳子 ⒸChikako Yamashiro Courtesy of Yumiko Chiba Associates
「彼方」22年山城知佳子 ⒸChikako Yamashiro Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 「ベラウの花」に続いて展示されている「彼方(あなた)」(22年)にも、達雄さんの姿がある。干潟を歩く大勢の人たちの中で、達雄さんは、一人違う時間を生きているかのようだ。静かな表情は悲しい海を見ているのか、美しい海を見ているのか。達雄さんの変化をきっかけに、山城さんは「忘れていくことの尊さ」を思うようになったという。

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 「記憶を聞くという能動的な行為はなぜ必要かということを、よく考えます」。「彼方」の前で山城さんはそう話し、言葉を選びながら、「今を生きている人が、明日をどう選ぶか。そのために、聞いています」と続けた。さらに、「凄絶(せいぜつ)な体験の記憶という大きな負担を、戦争体験者の肩から下ろしてあげたい」とも。

 戦争体験者と、明日を生きる世代と。その間に立つ山城さんは、重い記憶を受け取り、目の前の現実とも向き合ってきた。「基地問題では到底かなわない国家の力に翻弄(ほんろう)され、逃げようにも逃げられない島の空間が身体的に感じられて、20代30代は結構苦しかった」。苦しみの中で体得したのは、大きな時間の流れに身を置いた視点だという。「人間の生活とは次元の違う地球の大きな時間軸で、俯瞰(ふかん)して今を見る。そうすることで、諦めない。『諦めない』ということが、沖縄で身につけた一番大事な知恵なので」

 海をたゆたう声で始まった展示は、海底火山噴火で発生した無数の軽石の映像(「彼方」)で終わる。寄せては返す茶色い波は、壮大でもあり、不穏でもある。6月4日まで。同館(0877・24・7755)。

2023年4月17日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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