「サンプルテーブル」。竹のような奥の筒は「外灘金融センター」の試作品

 ロンドンを拠点に、建築の設計や都市計画などを手がけるデザイン集団、ヘザウィック・スタジオの仕事を紹介する国内初の展覧会「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」が東京・六本木の東京シティビューで開かれている。職人の手仕事が生むような「魂」を巨大な建築にどう宿すか――。そんなスタジオの試みに触れられる。

南アフリカの現代美術館は穀物サイロをつくり替えた

 スタジオは1994年、トーマス・ヘザウィックさん(70年生まれ)がロンドンに設立した。銅の花びらがいくつも合わさったロンドン・オリンピック(2012年)の聖火台や、ロンドンの街を走る2階建てバスのリニューアルを手がけたことなどでも知られる。建築はニューヨーク、上海、南アフリカなど世界各地で見ることができるほか、森ビルが今秋の完成を目指して東京都心で進める「麻布台ヒルズ」プロジェクトで低層部のデザインを担う。本展は、同スタジオの主要28プロジェクトを「ひとつになる」「みんなとつながる」など六つの切り口で紹介する。

「麻布台ヒルズ」プロジェクトではビルの足元、低層部デザインを担う

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 開幕に合わせて来日したヘザウィックさんが取材にくり返し語ったのは「建築の寿命を永らえさせるため、人々にケアする理由を与える、愛される建築を作りたい」ということだった。

トーマス・ヘザウィックさん

 ヘザウィックさんは「感情的にサステナブル(持続可能)であること」を重視する。省エネ性能を向上させたり、木材を多用したりと、サステナブルであるための技術には注目が集まるが、それだけでは不十分だからだという。「利用したり、目にしたりする人たちが20年、30年後、その建物についてどのような感情を抱くかが重要です。感情に働きかけ、共感される建築でなければすぐに取り壊され、建て替えられてしまうからです」

 では「感情に働きかける建築」とはどのような姿をしているのか。本展から見てみたい。

 展示冒頭の「サンプルテーブル」には、いくつもの試作品パーツが並んでいた。細かい模様が刻まれていたり、編み上げられていたり、どれも触れたくなる質感にあふれていた。工芸的な手仕事による温かみや個性を、巨大建築にどうやって込めることができるか、スタジオの試行錯誤の産物だ。

 小さいパーツをたくさん合わせることでその狙いに迫った建築は印象的だ。例えば、7・5㍍のアクリル棒約6万本を立方体の空間にさした上海万博「英国館」(10年)は、ふわふわの毛に覆われた生き物のような外観となった。また、上海の「外灘(バンド)金融センター」(17年)は、外壁を竹のような何本もの筒で囲んだ。筒には全体に特殊なエンボス加工を施しており、金属製とは思えない質感をしていた。

上海万博「英国館」の模型

 スタジオが手がけるこうした建築は、無駄を排したモダニズムデザインとは正反対だ。「子どものころから、人間味のないビルを見て、なんて冷たくて退屈なのだろうと思ってきました。とても愛されているようには見えなかった。現実社会や、自然がそうであるように、建築にももっと、複雑性や多様性が必要です」

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 確かに、手の込んだ質感や意匠を取り込んだ建築は、無機質で表情のないビルよりも人々に大切にしたいと思わせる力を持つだろう。しかし経済的な合理性を重視する現代社会において、こうした仕事を実現させるのは簡単ではないはずだ。

 「実際に、とても難しい。でも私たちは転換点にいる」とヘザウィックさんは言う。人気シェフ、ジェイミー・オリバーさんが「英国の学校給食は質が低すぎる」と指摘したことをきっかけに、国民的議論が起こり、状況が改善された英国での例を挙げ、こう続けた。「短期的な利益ばかりを追っていては問題はより深刻化します。政治家やデベロッパー、建築家が耳を傾けざるを得ないような国民的議論を起こしましょう」と。

 ものづくりの楽しさが伝わると同時に、これからの巨大建築や再開発を含めた都市のあり方を考えるヒントにも満ちた展覧会だ。6月4日まで。

2023年4月10日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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