◇受賞・船尾さん『満洲国』 総体から浮かぶ歴史/庄司さん『釜ヶ崎』 共感しながら撮影
船尾修さん(62)の写真集『満洲国の近代建築遺産』(集広舎)が選ばれた、第42回土門拳賞。2月初めに東京・竹橋の毎日新聞東京本社で開かれた選考会では、主に、建物から歴史を語らせる『満洲国』と、日雇い労働者のまちで生きる人を捉えた庄司〓(ちょんつきの丈)太郎さん(1946年生まれ)の写真集『貧しかったが、燃えていた 釜ヶ崎で生きる人々 昭和ブルース編』(解放出版社)の対照的な2作について、議論が繰り広げられた。
毎日新聞社が主催し、プロ、アマ問わず、ドキュメンタリーに軸足を置いた表現に贈られる。選考委員は、写真家の大石芳野さんと石川直樹さん、作家の梯久美子さん、砂間裕之・毎日新聞社執行役員が務めた。
最終選考には、2作のほか、新田樹(たつる)(67年生まれ)さんの『Sakhalin』(ミーシャズプレス)、西野嘉憲さん(69年生まれ)の『熊を撃つ』(閑人堂)の4作が残った。
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受賞作は、日本が中国東北部で32年に樹立したかいらい国家「満洲国」について、現在も残る建物から実像に迫る作品。船尾さんは2016年から現地に通い、日本人が設計・施行に関わったものを中心に350カ所以上を訪ねた。大石さんは「日本がもう一つの日本を作りたかったということを強く感じさせた。また、満洲国時代の建物をガラス張りのビルが囲んでいて、現代の中国の姿も写し撮られている。(戦前フィリピンに移住した日本人の子孫らを撮影した)過去作の『フィリピン残留日本人』の延長線上に満洲を選び、日本の戦争を考えようとしたことがよく分かる」と推した。
砂間役員も『満洲国』を挙げた。自身の取材経験に触れ、「写真を見た瞬間に、取材で聞いた話と現在が重なり、あいまいだった歴史が、自分の中で現実のものとなった」と話した。このほか『熊を撃つ』も「迫力があった」と評価した。
梯さんが挙げたのは、ロシア・サハリン州に暮らす、残留朝鮮・日本人を追った『Sakhalin』と『満洲国』。『Sakhalin』に関しては、「人物の顔や調度、服にも歴史が感じられ、何より写真として美しい。記録性と作家としての個性の両方がある」とした。また、『満洲国』について「土地に刻まれた記憶を未来に残すのも写真の役割。時間がたっても写真にできることはあると思った」と話した。
石川さんは第一に『釜ヶ崎』、次いで『Sakhalin』を挙げた。『釜ヶ崎』は、庄司さんが自らも日雇い仕事をしながら、60~90年代に人々を撮影した写真集。「かすめ取るようにしてではなく、人と人の間に入って共感をしながら撮影してきたのが伝わってくる。1903年にあった内国勧業博覧会のために人々が移住させられてできたのがこの場所。2年後に控える万博の前に、今振り返ることが大切だ」と述べた。
『釜ヶ崎』の取材姿勢については、梯さんも共感を寄せた。「泥棒のようにして撮るということは、ノンフィクションなどの文章でも言えること。私が『いいな』と思ったのは、関係性のなかで撮ったことも関わっていると気づいた」
造本についても言及があった。大石さんは『満洲国』について「作者に意図があったかもしれないが、もう少し印刷に迫力があれば、力強い写真になっただろう」と付け加えた。石川さんは『Sakhalin』を「柔らかな紙質と写真の風合いがマッチしていて、一冊の本として存在感があった」と評価した。
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『満洲国』を推す声が多いなか、石川さんは「満洲国を知る大切さは理解できるが、写真としてはちょっと物足りない」と疑問を呈した。そのうえで、土門拳が提唱した「絶対非演出の絶対スナップ」という思想を挙げ、「船尾さんはインダス川も撮り続けてる。スナップ的要素が入った強い写真も撮れる方なので、そういうものを期待したい」と述べた。
これに対し梯さんは「(『満洲国』は)1枚1枚は一見地味だが、これだけの数が集まると、ものすごく個性的な仕事であることがわかってくる。昔の写真に意味があると思いがちだが、現在の姿をこれだけの量で捉えれば見えてくるものがある」と指摘。『釜ヶ崎』についても「見れば見るほど飽きないし、面白い」と言及した。
『満洲国』を「一推し」に挙げる大石さんと、砂間役員。梯さんも議論の流れを踏まえて「歴史への敬意と責任感が見えてくるという点で『満洲国』がふさわしい」とした。これに対し、石川さんは『釜ヶ崎』について「時間がたってようやく刊行した意欲を買いたい」と言い、意見が割れた。石川さんが「僕が推すのはいつも外れちゃうという運命にある」と苦笑する場面もあったが、推す声の多かった『満洲国』が選ばれた。
2023年4月3日 毎日新聞・東京夕刊 掲載