笠寺猩々保存会の猩々。国際芸術祭あいち2022(7月30日開幕、4会場で開催)では、猩々が大発生する予定

【ART!】 STILL ALIVEな色を味わう

文:中村史子(なかむら・ふみこ)(愛知県美術館学芸員)

 現在、国際芸術祭あいち2022の準備がいよいよ大詰めである。テーマは「STILL ALIVE」。これは、愛知県出身の国際的なアーティスト、河原温(かわらおん)(1932~2014年)の作品から引かれたものだが、感染症のパンデミックと政情不安の中で生きる全ての人に向けられた言葉でもある。

 芸術祭では、河原温をはじめとする世界中の現代美術作品を数多く紹介すると同時に、愛知独自の文化や歴史にも注目し、それらがどう「STILL ALIVE」しているか、多角的に探る。

 例えば、今回の芸術祭では「猩々(しょうじょう)」を召喚する。ここでいう「猩々」とは芸術祭の会場の一つ、有松を含む愛知県南部の祭りに登場する大人形のことだ。張り子でできた赤い顔と赤い頭髪を持ち、背丈も人間より一回り大きい。これが祭りで練り歩くだけでなく、時にうちわで子どもをはたく。「猩々」にはたかれると無病息災になるとはいえ、子どもはもちろん大人にとってもなかなか恐ろしい。また、地域の人々が素材や技術を持ち寄って「猩々」を作り伝えてきたためか、「猩々」の風貌にどこか手作り感があるのも面白い。

 この「猩々」を、芸術祭では「山本高之と猩々コレクティブ」が自ら制作し、会場にも登場させる予定だ。基本的に、地域の祭りの時にのみ登場する「猩々」が、「どっこい、まだまだ活躍するぞ(I Am Still Alive)」と、名古屋中心部に姿を現すわけである。

 なお、猩猩は元来、架空の生き物とされ、猩猩をめぐる故事は、中国、日本にも少なくない。その姿や特徴は伝承ごとに異なっているが、赤色の姿形は一貫しており、「猩猩緋(ひ)」という言葉を聞いた人も多いに違いない。褐色がかった赤色のことである。戦国時代、舶来物の赤い毛織物を「猩猩の血で染めた色」と捉えたことから、「猩猩緋」という色名が生まれたらしい。そして、この「猩猩緋」は陣羽織など、軍事の衣装に用いられてきた。なるほど、未知の生物の血染めの生地を、戦場で映える豪奢(ごうしゃ)な陣羽織に仕立てようという発想は、直感的に理解できる。ユーモラスな猩猩のイメージの一方、この赤色を身に纏(まと)って戦ってきた歴史があったことは興味深い。

 加えて、この褐色よりの赤といえば、芸術祭の別会場である常滑の焼き物もそうである。常滑は朱泥の急須で有名だが、土管やタイルなど土木用の陶器製品もまた、赤褐色ににぶく輝いている。さらに想像を飛躍させるならば、この色味は東海地域の名物「赤味噌(みそ)」へと広がるだろう。大豆を蒸し、長期間、熟成される中で、生み出される色である。

 衣装、土、焼き物、食べ物。それらが織りなす赤褐色のグラデーションの中に、ぬっと「猩々」の姿が不意に現れる。ぜひとも愛知県で味噌煮込みや味噌カツを食し、その赤褐色の文化と歴史に思いを馳(は)せてほしい。

2022年6月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

シェアする