海岸で打ち上げられた「桜の絵巻」
海岸で打ち上げられた「桜の絵巻」

 火薬を爆発させる壮大なプロジェクトで知られる中国人アーティスト、蔡國強(ツァイグオチャン)さん。東京・六本木の国立新美術館で開催中の個展「蔡國強 宇宙遊-<原初火球>から始まる」と、福島県いわき市で6月末に関連イベントとして開催された昼花火「満天の桜が咲く日」の二つは、作家としての原点である日本時代と歩み、制作を支えてきた人々との友情を伝える。

■   ■

 「いわきの人の思いやりに深く感動し、以来いわきは第二の故郷になりました」。6月26日の昼すぎ、蔡さんはいわき市の四倉海岸に集まった人々に呼びかけた。

いわきに駆けつけた人たちにあいさつする蔡國強さん=いずれも福島県いわき市で6月26日
いわきに駆けつけた人たちにあいさつする蔡國強さん=いずれも福島県いわき市で6月26日

 蔡さんは1957年、中国福建省泉州市生まれ。上海戯劇学院で舞台芸術を学び、86年から95年まで日本で過ごした。東京、茨城・取手、いわきなどで制作し、代名詞ともいえる火薬を爆発させる作品の原形はこの頃生まれた。

 93年、蔡さんはいわきに一軒家を借りて、翌年のいわき市立美術館における公立美術館初個展のために制作を開始した。当時制作に協力した、「実行会」の仲間たちとの縁はいまだに続いているという。

 この日、蔡さんは東日本大震災に触れ、「4万発の花火が鎮魂の祈りをささげ、自然への畏敬(いけい)の念を示します。満天の桜の花が咲き誇り、夢と希望を呼び起こします」と語り、打ち上げの開幕を告げた。

大勢の人が見守った「白い波」
大勢の人が見守った「白い波」

 約30年前の「地平線プロジェクト」に応答する「白い菊」、津波を思い起こす「白い波」と「黒い波」、荘厳な「祈念碑」。最後の「桜の絵巻」では、幅400メートル、高さ120メートルにわたって、ピンクの煙が桜並木を描き出した。

 煙は爆発の勢いであっという間に広がり、桜の木が成長してつぼみをつけ、満開の花を咲かせるさまを早回しのように描く。そして煙は風に乗って次々と形を変え、やがて空に溶け込んだ。火薬が生む圧倒的なエネルギーと、数分ほどで消えるはかなさ。作品は対極ともいえる二つの要素を持っていた。

 「満天の桜が咲く日」はファッションブランド「サンローラン」の委託制作。海岸では、サンローランが海外から招待した顧客から、地元の子供たち、蔡さんの家族、制作に協力してきた仲間まで、多くの人が集い花火を楽しんでいた。ドローンを使って制作するはずだった作品は、打ち上げがかなわなかったが、蔡さんは月に例えて「失敗のように目に見えない面も、見える面も含めてアーティスト。それが人生で宇宙の自然だ」と受け止めた。

■   ■

 国立新美術館の個展はサンローランとの共催で、コロナ禍で移動が制限される中、蔡さんが過去のスケッチブックを見返したことから始まった。2000平方メートルの展示室を一つの大空間として用い、新作を含む54点を展示。いわきとの縁も資料で見せる。展覧会名は、自身の芸術にとってのビッグバンと位置付ける、91年に東京で開催した「原初火球The Project for Projects」展から取ったという。

北京夏季五輪に際して制作した「『歴史の足跡』のためのドローイング」=いずれも東京・国立新美術館で
北京夏季五輪に際して制作した「『歴史の足跡』のためのドローイング」=いずれも東京・国立新美術館で

 この91年の個展で展示された火薬で描いたびょうぶ仕立てのドローイングや、宇宙に関するイメージをLEDを用いて表した新作インスタレーション、2008年北京夏季五輪開会式のために制作された巨大な火薬ドローイングが存在感を放ち、周囲には、足跡をたどるように当時の日記の記述やスケッチブック、打ち上げ映像などの資料と共に作品が展示されている。

 <人間も、宇宙も、芸術も、火薬絵画も、抑制と反抑制のせめぎ合いの中で、私の前に姿を現した>(88年3月8日の日記)

「原初火球」のインスタレーション

 最初の「Ⅰ『原初火球』以前」で展示される2枚の小ぶりな「火薬画」は、来日直後に制作した87年のもの。当時は東京の4畳半のアパートの台所で、花火やマッチの火薬を集めて、みなが寝静まった深夜に制作していたといい、蔡さんは「アパートは狭いが、宇宙をとても近くに感じていた」と記者会見で振り返った。

 自身が初心に立ち返るだけでなく、鑑賞者にとっても意義があるものになったと蔡さんは言う。「複雑な今の時代、大きな変化が起きている。では未来はどうすればいいのか。観客も展覧会を通じて、宇宙や目に見えない世界と対話することができる」。展覧会は8月21日まで。

2023年7月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする