イー・イランさんによる「TIKAR/MEJA(マット/テーブル)」(2022年)
イー・イランさんによる「TIKAR/MEJA(マット/テーブル)」(2022年)

 世界とは、歴史とは何か、わたしたちとは何者か。現代アートは、時にこうした大きな問いへと見る人をいざなう。現代アートを「教材」に、美術館を「教室」に見立て、複雑な世界の一端に触れようという展覧会「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」が東京・六本木の森美術館で開かれている。9月24日まで。

梅津庸一さんによる「黄昏の街」(2019~21年)。奥はサム・フォールズさんによる「無題」(21年)
梅津庸一さんによる「黄昏の街」(2019~21年)。奥はサム・フォールズさんによる「無題」(21年)

 「現代性」「国際性」を追究する美術館として2003年、六本木ヒルズ森タワー53階に開館した森美術館。開館20年を記念する本展は、改めて現代アートが内包する力を見つめる内容となった。

 54組のアーティストによる約150点を「国語」「社会」「哲学」「算数」「理科」「音楽」「体育」「総合」の8セクションに振り分けた。現代アートの動向をけん引したヨーゼフ・ボイスにはじまり、奈良美智さん、李禹煥(リウファン)さんといった日本を代表する作家、非欧米圏のアーティスト集団に至るまで、多彩な作家らの作品が並ぶ。同館の歩みは、欧米を中心に発展した現代アートが、グローバル化に伴って世界各地から発信されるようになったこの20年とも重なる。約6割は、1990年代以降のアジア太平洋、オセアニア地域の作家を中心とする同館コレクションで構成。収集活動の軌跡も伝える。

 ■  ■

 もっとも作品数が多いセクション「社会」を見てみたい。ここではさまざまな出自、世代の作家が自国の歴史や文化、アイデンティティーを起点に表現を試みた。教科書には載らない世界の多様性、社会の複雑さが伝わる。

 際だっていたのは、マレーシアのボルネオ島で、織物の担い手と協働するイー・イランさん(71年生まれ)が制作したマット。テーブルの図像が織り込まれているが、この地にはヨーロッパ諸国が入植するまでテーブルは存在しなかった。その代わりマットの上で生活が営まれていたという。暴力的な支配だけでなく、生活様式の変更といったマイルドな介入が及ぼす影響の大きさを示唆した作品だ。

 この作品しかり、見る人はその背景に広がる歴史的、社会的、文化的文脈を知らなくてはならない。キャプションの解説なくしては意図がくめず、「現代アートは難しい」を体現する作品も少なくない。しかし、同館の片岡真実館長は、こうした知ることの蓄積によって「『世界』が少しずつ意味をなしてくる」と、本展図録に記す。

 いったん意図を理解すれば、ひんやりとしたマットの感触や、ほおをなでる潮風と同時に、新たな慣習に対する島の人のとまどいすら想像できるだろう。それは個人的なこととして世界の一端と結ばれる経験だ。

 ■  ■

杉本博司さんによる「観念の形」シリーズ(2004年)など

 「算数」や「理科」といった自然科学系のセクションでは、普遍の法則を探ったり、水や風、火といった自然の力を利用したりした作品が見られる。数理模型を荘厳な建築のように写した杉本博司さんによる「観念の形」シリーズや、土や火との対話から生まれるやきものを用いた梅津庸一さんのインスタレーションなどがそうだ。

 片岡館長は「現代アートは、世界の多様性を見せるプラットフォームでありながら、一方で国境や政治を超えて人類の共通基盤を考えさせてくれるものでもある。多様性と普遍性、教科に分類したことで二つの観点から世界を学ぶことができる」と強調した。

 ◇「直感知」を糸口に

 「詰め込み型、暗記型の教育では、今日の複雑な問題には歯がたたない。現代アートが重視する直感知から国語・算数・理科・社会を掘り下げる、そんな教育こそ必要だと示す展覧会」と語るのは、発光ダイオード(LED)のデジタルカウンターを用いた作品で知られる宮島達男さんだ。
 明滅するカウンターが仏教的な死生観を表す宮島さんの作品は「哲学」のセクションで紹介されている。開幕に先立つ記者会見で、現代アートは「ジェンダー、言語、宗教、人種、あらゆる差異を乗り越え、共感で結びつけることができる」と語り、「美術や図画工作の科目には収まらない広い領域に及んでその根本を培う」と意義づけた。

片岡真実館長(左から3人目)と、本展に出品する、左から奈良美智さん、ヤン・ヘギュさん、宮永愛子さん、宮島達男さん、高山明さん
片岡真実館長(左から3人目)と、本展に出品する、左から奈良美智さん、ヤン・ヘギュさん、宮永愛子さん、宮島達男さん、高山明さん

2023年5月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする