志賀理江子さん「風の吹くとき」のビデオインスタレーション
志賀理江子さん「風の吹くとき」のビデオインスタレーション

 中堅アーティストを対象にした現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」の2021―2023受賞記念展「さばかれえぬ私へ」が、東京・木場の東京都現代美術館で開かれている。受賞者は、志賀理江子さん(1980年生まれ)=写真左=と竹内公太さん(82年生まれ)=同右=の2人。記念展は3回目だが、社会や歴史に向き合うという、ここ3回の傾向が鮮明になった展示だ。

受賞者の志賀理江子さんと竹内公太さん
受賞者の志賀理江子さんと竹内公太さん

 TCAAは東京都とトーキョーアーツアンドスペースが2018年から実施し、今年は2人が対話しながら展示構成や展覧会タイトルを決めたという。志賀さんは宮城県美里町、竹内さんは福島県いわき市在住。どちらも東日本大震災で大きな被害を受けた土地だ。「作品は全く違うけれど、どこか共通する問題意識がある」(志賀さん)という2人らしく、「さばかれえぬ私へ」というタイトルについても、重ねる思いはさまざまだが、それぞれが暴力性について思考を巡らせたという。

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 志賀さんの「風の吹くとき」は3面から成る映像インスタレーション。真っ暗な防潮堤の上を、マイクを持った女性が語りながら歩き、後ろには目をつむった女の人が続く。強い風が吹き付け、女性の鼻は真っ赤だ。「東北」と呼ばれるこの地方の自然環境、歴史、「復興」間に起こったできごとについて、彼女はリポーターのように語りかける。

 <波を見ていると、今が、過去と未来にどう繫(つな)がっているのかよくわかる/それを繰り返し、ずっと見ていれば、私がどのように命を燃やしているのかよくわかる>。彼女、彼らが歩くのは、「東北の道のり」でもある。

 続く展示室は、押しつぶされた車が折り重なる巨大な写真が壁をつくる。写真の上には、沿岸部の地図と、この車がかつて走っていただろう道が描かれていて、壁を眺めていると、背後で黒いサンドバッグ状のものが大きな音を立てて下に落ちるから、どきりとする。

 いつものように、いや、いつも以上に過剰だ。しかし時に過剰に思えたある種のまがまがしさや言葉による語りは、東京の会場で今、意味をもって響く。10年以上たった大災害がコンピューターの画面を通しておぼろげになるなか、強烈なパンチを浴びせるからだ。

 志賀さんは、イメージが人に及ぼす影響について考え続けてきたという。巧妙に人を動かし惑わせることもある大きなイメージの力。「写真の中に暴力性のようなものがあるなら、今回ばかりはその力をあえて使い、ここに持ち込んでみたいと思った」と話す。

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竹内公太さん「地面のためいき」の展示風景
竹内公太さん「地面のためいき」の展示風景

 映像を用いた竹内さんの映像作品「三凾(みはこ)座の解体」は、13年に発表したものを再構成した。いわき市の古い映画館が解体されるさまを描くと同時に、この映像を見る自分の姿もスクリーン上で可視化される。「当時は被災地に向かってカメラを向けることの暴力性が言われた時期だった。だから、劇場が解体されるというスペクタクルな光景を撮るには、どこからどこにカメラを向けるか(が重要だった)」

 歴史の遺物に目を向けるなかで出合ったのが、第二次世界大戦で日本軍がいわき市などから米国に向けて放った気球「風船爆弾」だった。

 では、風船爆弾はどこにたどり着いたのか。私たちにとって日本に落とされた爆弾とその被害は鮮明に浮かぶが、放った爆弾の行方はうまく思い浮かべることができない。だが、竹内さんは風船爆弾が飛来した、米ワシントン州ハンフォードの空の下の、さらに大地にまで触れようとする。

 展示室には、ドローイングや映像と共に、風船と同じサイズだという構造物「地面のためいき」が鎮座する。よく見れば、呼吸をするように動いているのが分かる。一つの生命体のような物体は、ゆっくりふくらんだりしぼんだりを繰り返しているという。

 原発事故後の「復興」の過程で、いわき市がモデルにしたのがかつて長崎原爆のプルトニウムを製造したハンフォードなのだという。このえたいのしれない兵器は確かに、いわきとハンフォード、そして過去と現在を結んでいるのだ。6月18日まで。

2023年4月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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