【ART】
「わたし」と言葉 5人の表現
東京都現代美術館で企画展

文:小松やしほ(毎日新聞記者)

現代美術

 世界にはさまざまな言語がある。同じ言語でも、方言や内輪だけの言い回しがあり、話す相手や場面に応じて変化もし、個人によって言葉の選び方や発音が違ったりもする。東京都現代美術館で開かれている「翻訳できないわたしの言葉」展は、そうした言葉が持つ多様性や不安定さを浮き彫りにする。

 本展で紹介しているのは、ユニ・ホン・シャープさん、マユンキキさん、南雲麻衣さん、新井英夫さん、金仁淑さんの5人の作品。

 フランスで制作活動をするユニさんは「私は作品を作る」というフランス語の正しい発音を、フランス語を第1言語とする当時10歳の娘に教えてもらう様子を映像に収めた。「今のは合ってる」「前のはダメ」--誤りを指摘されながら繰り返し、母は「わたしの言葉」を獲得していく。

ユニ・ホン・シャープ「RÉPÈTE-リピート」2019年=東京都現代美術館提供

 アイヌであるマユンキキさんの作品は、二つの対話を収めた映像と、彼女の「セーフスペース」となる空間、そこに入るためのパスポートへサインするという行為から構成される。サインをするかしないかは自由。鑑賞者自らが考え、選択することを促す。

マユンキキ「Itak=as イタカシ」24年 セーフスペース展示風景=東京都現代美術館提供

 幼児期に聴覚を失った南雲さんは、音声日本語で母と語り合い、友人と日本手話で話し、料理をしながら音声日本語と日本手話でパートナーとやり取りする自身の姿を3台のモニターに映し出した。音声か手話か。どちらか一方を選択することはなく、言葉は話す相手によってゆらぎ、変化していく。それは単一言語主義への南雲さんの抵抗だ。

 映像作品が中心だが、体が奏でる音に耳を傾けたり、言葉が通じない相手と目を合わせたりと〝体感〟する展示もある。最後には、関連書籍を手に取りながら、思索できるスペースも設けられている。

 タイトルの「翻訳できない」には、翻訳を心と心をつなぐ行為ととらえ「伝えたいという強い思いがあるからこそ翻訳できない」という気持ちを込めたという。それぞれの「わたしの言葉」を通して、その奥にある「わたし」も見えてくる。7月7日まで。

2024年6月10日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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