さまざまなポスターが並ぶ展示室=小松やしほ撮影

 日本を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナーとして時代をけん引し、90歳となった今なお一線で活躍する宇野亞喜良さんの個展「宇野亞喜良展 AQUIRAX UNO」が、東京オペラシティアートギャラリー(東京都新宿区)で開かれている。2010年以来14年ぶりの大規模個展で、企業広告から演劇ポスター、絵本や児童書など貴重な原画を含め約900点が並ぶ。

 宇野さんは名古屋市内の高校を卒業後、上京。カルピス食品工業に入社し同社の広告・宣伝に携わった。日本デザインセンターなどを経て独立し、1964年には同世代の横尾忠則さんや故・和田誠さんらと「東京イラストレーターズ・クラブ」を結成した(70年解散)。イラストレーターやイラストレーションという言葉を日本で最初に使い始めた先駆けでもある。

 代名詞は耽美(たんび)的でアンニュイな雰囲気を漂わせる笑わない少女像。60年代半ばから70年代初めには、寺山修司の劇団「天井桟敷」のポスターを多く手がけ、一世を風靡(ふうび)した。70年代には、ポスターに描かれる女性と同じく眉をそり落としたスタイルが「宇野亞喜良スタイル」として流行するほどだったという。

演劇実験室◎天井桟敷公演「星の王子さま」ポスター 68年 ©AQUIRAX

   ■   ■

 本展では、50年代初めから23年の新作まで、宇野さんの幅広い仕事を12の章に分けジャンルごとに紹介している。「プロローグ 名古屋時代」「グラフィックデザイナー 宇野亞喜良」では、ごく初期の作品が紹介されている。最初に目にするのは、宇野さんが15歳の時に描いた自画像(49年)。のちに「黄金の左腕」と形容される卓越した描写力は、既にこの頃から見て取れる。「カルピス」の広告原画2枚(56年ごろ、59年)はどこか懐かしい。描かれている少女はのちの少女像と違って愛らしく、宇野さんのイラストの特徴の一つである、人や動物の一部が変形・変容するメタモルフォーゼが既に見られるのは興味深い。当時コピーライターがいなかったため「清純の味」「夏一番のお飲みもの!」といったキャッチコピーも宇野さん自身が考えたものだという。

「カルピス広告」原画 1956年ごろ 刈谷市美術館蔵 ©AQUIRAX

 「企業広告」では、国策パルプ工業や化粧品会社、百貨店など数多くの広告ポスターが紹介されている。なかでも、マックスファクターの広告シリーズは新聞広告やポスターなど多岐にわたり、話題をさらった。ポスター「マックスファクター」(65年)では、女性が着る黒いドレスが女性の顔にメタモルフォーゼし、同じく「Renaissance Collection」(65年ごろ)では、女性の頭が変容し、馬と同化している。

「マックスファクター(Renaissance Collection)」ポスター 1965年ごろ 刈谷市美術館蔵 ©AQUIRAX

   ■   ■

 「新聞・雑誌」「書籍」「絵本・児童書」のコーナーでは、宇野さんの仕事がいかに幅広いものであったかがよくわかる。60年代の雑誌『新婦人』の実写とイラストレーションをシンクロさせた表紙や、宇野さんの少女像のイメージを確立したとされる、65年創刊の女性向けの本「フォアレディース」シリーズ、今江祥智さんとコラボレーションした絵本『あのこ』(66年)の挿絵などが並ぶ。

『あのこ』原画 66年 ©AQUIRAX

 目を見張るのは、数々のポスターが、天井から壁一面に並べられた展示室だ。あふれる色彩と、宇野さんの世界観に圧倒される。「たくさんのポスターを一堂に見せたいと考えた。宇野さんのした仕事の多さを『量』として体感してもらえれば」と担当した学芸員の瀧上華さんは話す。

 展示後半の「舞台美術」では、宇野さんが芸術監督としてかかわったダンスカンパニー「ダンス・エレマン」公演の衣装原画と衣装、仮面などの小道具類が紹介されている。これまであまり知られていなかった、というより実際に公演に足を運ばなければ目にすることができない作品であり、まとめて展示されるのは珍しい。

 展覧会には若い女性客が目立つという。瀧上さんは「デジタルが当たり前の時代、手技が残っていたり、昭和の空気を感じさせたりする作品に、逆に新しさを感じているのかもしれません」と話す。時代を感じさせながらも決して古めかしくはない魅力がそこにはある。6月16日まで。9月14日~11月9日、愛知・刈谷市美術館に巡回する。

2024年5月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする