齋藤裕一「ドラえもん」2003~06年 滋賀県立美術館蔵 撮影:大西暢夫写真提供:ボーダレス・アートミュージアムNO−MA

【ART】日本発、アール・ブリュットの冒険 積極収集 滋賀県立美術館で企画展

文:山田夢留(毎日新聞記者)

アール・ブリュット

 フランス語で「生の芸術」を意味する言葉「アール・ブリュット」は近年、国内でも各地で展覧会が開かれ、すっかり定着した感がある。その大きなきっかけとなったのが、2010~11年にパリで開かれた「アール・ブリュット・ジャポネ」展だ。約12万人が来場して話題を呼び、国内でも巡回展が開かれた。滋賀県立美術館で、当時の出品作約450点を一挙に紹介する「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」展が開かれている。

舛次崇「ペンチとドライバーとノコギリとパンチ」06年 滋賀県立美術館蔵 撮影:大西暢夫写真提供:ボーダレス・アートミュージアムNO−MA

 展覧会のサブタイトルは「たとえば、『も』を何百回と書く。」。由来となったのは、埼玉県出身の齋藤裕一さんの作品「ドラえもん」(03~06年)だ。紙に青いボールペンで繰り返し繰り返し書かれた「も」は、何層にも重なり合って抽象的なイメージを創り出す。「も」(「ドラえもん」)や「はみ」(「はみだし刑事」)など書かれる文字は、その日のテレビ番組から来ているという。

戸來貴規さん「日記」の展示。右2点は表面、左は裏面=山田夢留撮影

 岩手県出身の戸來(へらい)貴規さんの「日記」は、独自の幾何学模様で描かれている。1枚の紙の表には日付や曜日、天気、裏面にはある一日の出来事。裏面の内容は、すべての紙で同じだ。ある時、戸來さんが暮らす福祉施設の職員が、描き込まれた白と黒の模様に魅力を感じ内容を解読した。本展では約6年分を積み上げた紙の山が展示されているが、それは一部。戸來さんは11歳の頃から約20年にわたり、日記を描き続けた。

戸來さんが2000~06年ごろに書いた日記の束=山田夢留撮影

 「繰り返しのたび」と題した章には、自分の名前や小さなキャラクターが繰り返し描かれた作品が並ぶ。「繰り返しという不思議な要素は、人の心に落ち着きをもたらすこともあれば、追い詰めることもある」と山田創・学芸員。それぞれの作品が放つエネルギーは圧倒的で、いや応なしに目が吸い寄せられていく。

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 同館は16年、国内の公立美術館として初めて、アール・ブリュットを収集方針に加えた。滋賀県は障害者による造形活動の先駆的取り組みで知られ、本展でも同県出身者が約4分の1を占めるなど、多くの作家を生み出してきた。保坂健二朗ディレクター(館長)は、世界的な潮流を意識した収集方針でもあると言う。

 「ポンピドゥー・センターやフィラデルフィア美術館など世界を代表する美術館が、アール・ブリュットを収集することでモダンアートやコンテンポラリーアートに対するそれまでの考え方を修正しようとしている。規模は小さいが、日本の公立館としてきちんとアートを捉え直し、『人がものをつくるとは何か』ということを考えていきたい」

 滋賀県立美術館の取り組みを受け、パリでの「ジャポネ展」出品作を管理していた日本財団は昨年、549点を一括して同館に寄贈、70点を寄託した。代表的な作家では澤田真一さんや小幡正雄さんら同県ゆかりの収蔵品が拡充されたほか、戸來さんや舛次(しゅうじ)崇さんらの作品が新たにコレクション入りした。保坂さんは「当時においての代表作をまとめて収集できたことで、今まさに生み出されているものやこれから生み出されるものに積極的にアプローチできるようになった」と意義を語る。

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 展示後半は、社会との関わりが切り口となっている。「社会の密林へ」と題した章では、世間から孤立し、人知れず黙々とつくり続ける――といったアール・ブリュットのイメージを覆す作品が並ぶ。「彼らは別に孤立していないし、積極的に社会とアクセスしていたこともたくさんあると伝えたかった」と山田さん。モチーフは時事ニュースや好きなタレントから、乗り物、国旗などさまざまで、パフォーマンスが作品という人もいる。

山崎健一さんの作品50点超は、2枚の壁を埋めるように展示されている=山田夢留撮影

 一方、展示を締めくくるのは、社会から隔絶された環境で生まれた作品だ。新潟県出身の山崎健一さんは戦後、季節労働者として東京で土木建設工事に従事。その後、20代半ばから精神科病院に入院し、方眼紙に製図器を用いて重機やコントロールセンターなどのモチーフを描いた。カラフルに彩られた精緻な図面のところどころに、小さな草花が描かれている。

 岩手県出身の岩崎司さんは55歳で精神科病院に入院して以降、宗教的なモチーフや壮大な風景と、短歌のような言葉を組み合わせた独創的な作品を描き続けた。四角く囲われ、密室を想起させる展示室に何十点と並ぶ作品は、強烈な印象を残すと同時に、彼らが置かれた社会的状況に思いをいたらせる。6月23日まで。

2024年5月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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