江戸時代の絵画を中心として、画家たちの制作の背景にあった「仏教」を切り口にさまざまな作品を集めた「ほとけの国の美術」展が東京都の府中市美術館で開かれている。如来や菩薩(ぼさつ)を描いた、これぞ仏画という作品から、思わず首をひねりたくなる〝珍品〟まで、前後期あわせ約120点を展示。「仏教美術」という枠を意識させない、興趣あふれる多角的な視点で紹介している。
目玉の一つはやはり、土佐行広筆「二十五菩薩来迎図(らいごうず)」(京都市・二尊院蔵)だろう。室町時代の作で全17幅からなる。阿弥陀(あみだ)如来が浄土から二十五菩薩を供に従え、亡くなる人を迎えに来る様子を描いた来迎図は、一般的には1枚の絵の中に全ての光景がまとめて描かれ、17幅にも分けて描かれるのは非常に珍しいという。なぜ分けて描いたのか。展示室に足を踏み入れるとそれがよく分かる。
二尊院の本尊である釈迦(しゃか)如来と阿弥陀如来を中にして二十五菩薩と地蔵・竜樹菩薩、日輪、月輪を描いた17幅が左右にずらりと並ぶ。絵はふすまの上に掛けられており、ふすまには秋風になびく紅葉と白菊、雪に覆われた深山が描かれている。あわせて見れば、その風景の中から菩薩が現れたかのように見える。絵の中だけでなく、空間全体を使ってリアルかつ壮大に来迎を表そうという仕掛けなのだ。
長く京都国立博物館で保管されていたが、傷みが激しかったため3年かけて修復。2022年にきらびやかによみがえった。菩薩の体も衣の文様も全てが金色。その繊細な描写には目を見張る。肢体の金は、金の粉末をにかわで溶いた金泥で塗られ、蓮台(れんだい)や楽器の弦などの輪郭は金を細く棒状に切ったものを貼る切金(きりかね)、冠などのアクセサリー類は金箔(きんぱく)を貼った切箔(きりはく)という、それぞれ異なる技法を用いて表現している。25体の菩薩のポーズや表情も細かく描き分けられており、工夫が感じられる。
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「地獄極楽図」は、所蔵する照円寺(金沢市)でも春秋の彼岸にしか公開されておらず、外に出るのは本展が初という作品だ。全18幅からなり、縦170㌢の大きな絵が並ぶさまには圧倒される。
さらに驚くのは、その鮮やかな色遣いだ。4幅ある浄土の図は極彩色の世界。空はピンクや赤やオレンジで塗られ、雲は濃い青や藤色、地面は白緑色で描いている。とっぴではあるが、極楽の美しさも感じる。担当学芸員の金子信久さんは「サイケデリック」と評し、「この世ではない別世界を表すことで、見る人に刺激と、うっとりするような感覚を与えようとしたのではないか」と話す。
地獄の図はより鮮烈だ。7幅に地獄道と等活・黒縄・衆合・大叫喚・叫喚・大焦熱・焦熱・阿鼻の8地獄を描く。黒を背景に、鮮やかな赤やオレンジで炎や閃光(せんこう)が表されている。血管のように伸びるものもあれば、三角に突き刺さるもの、渦巻くもの、その形はさまざまだ。はっきりした明暗が力強さと迫力を生んでいる。大きな画面を隙間(すきま)なく埋め尽くす大胆な構図や、細い線で描いた鬼や人間の描写は、浮世絵のようでもあり、漫画のようでもある。
こんな個性的な絵を一体誰が?と思うが、作者は不詳。仏教書「往生要集」の幕末の版本によく似た挿絵があり、そちらは「八田華堂金彦」という画家の作と判明したが、その先は不明。制作年代も1901年に没した15代住職の代に、画家が同寺に滞在して描いたことが伝わっているだけだという。
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本展では伊藤若冲の「白象図」をはじめ、動物を描いた作品も多数紹介されている。中でも目を引かれるのが円山応挙の弟子、長沢蘆雪(ろせつ)が描く子犬の絵。展覧会初登場の4点が展示されている。
「時雨狗子図」や「雪中狗子図」(いずれも展示終了)に見られるように、応挙が描く子犬はふわっとまんまる、いかにも可愛らしい「優等生」だが、蘆雪の子犬はゆるくて、やんちゃ。応挙を踏襲しながらも、あえて崩すような描き方をしているのが特徴的だ。「子犬図屛風(びょうぶ)」にはそんな子犬が7匹。元気いっぱいに戯れているが、よく見ればフォルムがゆがんでいる。何と自由に描いたことか。金子さんいわく「ぶっきらぼうな描き方をすることで、『おばか』子犬っぷりが伝わり面白い」。心和む作品である。
江戸時代は寺の檀家(だんか)になることが義務であったという。仏教が身近なものとしてあった「ほとけの国」だからこそ、こうした多様な作品が生まれたのだと知る機会となった。5月6日まで。
2024年4月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載