新型コロナウイルス感染症に翻弄(ほんろう)された3年間が遠景となりつつある。国立新美術館(東京・六本木)で開かれている「遠距離現在 Universal/Remote」は前例のないこの時間を、現代美術を通して振り返り、この先を見つめる展覧会だ。6月3日まで。
同館の尹志慧(ユンジヘ)特定研究員が企画を担った。2020年のパンデミックをきっかけに検討を始めたという。国内外の作家8人と1組を招き、当時の空気に色や形を与えようと試みた。
尹研究員は、コロナ禍であらわになった「遠さ」に着目した。テクノロジーの力でブラウザー越しの対面はすぐに当たり前になった。国際的な金融取引や情報化はこの間も拡大を続けた。一方、「ソーシャルディスタンス」という考え方が定着した。移動の自由が制限され、人と人との物理的な距離が際立った。孤独を感じた人も、逆にほっとした人もいただろう。「パンデミックが過ぎ去り、元の日常に戻っても、このそれぞれが抱いた『遠さ』の感覚を覚えておくことは重要ではないか」と、尹研究員は本展覧会タイトルについて説明する。
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作品の多くは19年までに制作されたもので、直接的にコロナ禍やその後の社会を捉えたものではない。しかし「遠い/近い」といった補助線が引かれるため、パンデミックを経た現在の視点で見ることができる。
国内で初の展示となるデンマークの写真家、ティナ・エングホフは、社会保障が充実した社会であっても温かな最期が約束されるわけではない現実をシリーズ作品「心当たりあるご親族へ」で淡々と写した。
部屋に残された染みや、マットレス、空き瓶などがそこで一人、最期を迎えた人の姿を暗示する。同国の多様な福祉制度は人々の強い自立志向を支える一方、他者に弱みを見せたり、つながりを築いたりすることへのハードルを高める面もあるとエングホフは指摘する。ステイホームで味わった心細さを思い出すと同時に、そのトンネルをくぐり抜けた先に待ち受ける社会のあり方に想像を促す。
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海底に埋設された通信ケーブルを撮影したトレバー・パグレン、電柱に登って黙々と配線をつなぐ作業者を映したチャ・ジェミン、自身のコンピューターに蓄積された画像データをプリントアウトし、空間をあふれかえらせたエバン・ロスらの視点は、それなしでは社会を立ちゆかせることができないデジタルデータの物質的側面や、膨大な情報が常に傍らにある現代社会の生を可視化した。それらはコロナ禍にあっても膨張を続け、部屋にいながらにしてわたしたちを一瞬で遠くまで連れていってくれたことを思い出す。
一方、傍らには柔らかな日差しが変わらずに注がれていたことも事実だ。そのことを静かに示したのが木浦奈津子の油絵だった。公園や海岸など、制作拠点とする鹿児島の何気ない日常の、いま、ここ、の一瞬を封じ込めたリアリティーは、遠く離れた、会ったことのない人の日々そのものでもある。
熊本市現代美術館、広島市現代美術館との共同企画。熊本から巡回し、6月29日からは広島で開催する。
2024年4月1日 毎日新聞・東京夕刊 掲載