「石川真生―私に何ができるか-」展の展示風景=東京オペラシティ・アートギャラリーで2023年10月、高橋咲子撮影

 第43回土門拳賞は「石川真生―私に何ができるか―」展(東京オペラシティ・アートギャラリー)が評価され、石川真生さん(70)に決まった。2月初めに東京・竹橋の毎日新聞東京本社で開かれた選考会では、早々に石川展と、野田雅也さん(1974年生まれ)の写真集『造船記』(集広舎)に絞られた。

第43回土門拳賞選考会の様子=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2月6日、平野幸久撮影

 プロ、アマ問わず、ドキュメンタリーに軸足を置いた表現に贈られる。選考委員は、写真家の大石芳野さんと北島敬三さん、石川直樹さん、作家の梯久美子さん、砂間裕之・毎日新聞社執行役員が務めた。

 選考には2作のほか、佐藤文則さんのアーティストブック・写真展『ろっこく』(Reminders Photography Stronghold)▽百々(どど)俊二さん「よい旅を 1968―2023」展(奈良市写真美術館)▽松江泰治さん「ギャゼティアCC」展(キヤノンギャラリーS)/写真集『gazetteerCC』(赤々舎)が話題に上った。

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 議論の最初から票を集めたのが沖縄在住の石川さん。昨年開催された展覧会は、2021年に沖縄県立博物館・美術館で開催された個展の流れをくむもので、東京で開催された初の大規模個展だった。米兵相手のバーで自ら働きながら撮影した初期の「赤花」から、近年取り組むプロジェクト「大琉球写真絵巻」まで、半世紀の足跡をたどる回顧的展覧会となった。

「赤花 アカバナー 沖縄の女」より 1975~77

 梯さんは「遠くに出かけてすばらしい作品を撮る人もいるが、真生さんはずっと沖縄で撮り続けてきた。総集編的な展覧会だが、今につながるビビッドなものがある。私的な関心から撮っているが、それが後に歴史資料になるという面白さもあった」。佐藤さんの作品にも触れ、「地図上を移動しつつ、歴史を掘り下げていく。文章込みで、ドキュメンタリーとして非常に面白い」とした。

 「何を撮るかというより、なぜ撮るかを重視している」と石川直樹さん。「絶えない写真行為の集積の重みを感じる」という百々さんを挙げつつ、石川真生さんを「一貫した生き方と同時に、社会に対する考えを写真から強く感じた。今に至るまでの時代と問題点がにじみ出すような展示だった」と高く評価した。

 一方、大石さんは野田さんを強く推した。岩手県大槌町の造船所を中心に、11年間の歩みを描き出した写真集。「自分というものをおし隠して、目の前にある現象の変化を捉えるというスタイル。見ていると、能登半島地震と重なるくらい、過去にならないものを撮っている。土門拳賞の特性の一つに記録性があるが、単なる記録を超えて普遍性がある点がいい。芸術性の高い写真は他にあるが、ストレートな写真だからこそ伝わるものもある」

 砂間役員は、石川さんについて「展覧会では、一つ一つを丹念に見る人が多かった。それだけ、訴えかける力が大きいということだろう」。野田さんに関しては「たった一つ造船所の破壊から復旧、街の復興まで含めてドラマとして撮り続けていて、記録性という意味では圧倒的な迫力があった」とし、「順位がつけられない」と2人を推した。他に松江さんも挙げた。

 当日は参加できず、事前審査に臨んだ北島さんは、土門拳賞について「人間の記録が中心になる。なかでも、資料的でない記録写真を物差しに見ていくことが必要だ」としたうえで、石川さん、百々さん、松江さんらを挙げ「だれが受賞してもいい」と述べた。そのうえで百々さんの展示について「ある意味、写真史を大阪で歩いた人で、それは重要でユニークな仕事でもある。この写真展で、百々さんは日本の近代と前近代、都市と地方など、さまざまな落差のなかで写真を生み出してきたのではないかと新発見した思いがある」と言及した。

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 第41回でも石川さんは沖縄での展示を対象に最終選考に残ったが、新型コロナウイルス下で実見できた選考委員も少なく、受賞はならなかった。その際に議論となった、ドキュメンタリーと創作のあわいにある「大琉球写真絵巻」について、梯さんは「今までは少し気になっていたが、今回通して見ると、それも含めて石川真生さんの表現だと違和感がなくなった。変化しているということは、今を撮り続けているからだとも言える」と述べた。

 「絵巻」は17世紀の薩摩の琉球侵攻から現代に至る、沖縄の庶民の歴史を写真で表すプロジェクト。石川直樹さんは「過去の写真は撮れないので、17世紀の場面はセッティングをして撮っているが、現代の場面になると普通のドキュメンタリーとなる。(写真に登場する)演じ手も、プロではなく地元の人。真生さんなりのリアリティーがあったと受け止められた」と補足した。

 大石さんは「石川さんの自叙伝としては分かるが、他者をうつすという賞の趣旨からは、ずれるのではないか」と疑問を呈したが、最終的に石川さんに決まった。

2024年3月25日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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