ルイーズ・ブルジョワ「カップル」(1996年)。90年代以降、長年保管してきた自身や家族の古着など布を用いた作品を手がけた=山田夢留撮影

 自らを縛ることもあれば、解放してくれることもある身体は、他者と喜びを交換できる場である一方で、闘争や収奪の場となる危険性をはらむ。自分自身とは切り離すことができない「身体」についての表現を考えるコレクション展「身体―――身体」が、国立国際美術館(大阪市)で開かれている。5月6日まで。

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 どこまでが自分の身体か。他者の身体との距離をどう考えるか。「身体」と「身体」を文字三つ分空けたタイトルの本展は、国内初公開となるルイーズ・ブルジョワ(1911~2010年)の「カップル」(96年)から始まる。ガラスケースに入れられた二つの身体。ストライプのシャツを着た方が、黒の上着とスカートを着けた方に覆いかぶさる。頭部と足のない姿が不穏な空気を醸し、幸せではない抱擁を予感させる。

 巨大なクモの彫刻で知られる芸術家、ブルジョワの展覧会がニューヨーク近代美術館で初めて開かれたのは82年。ブルジョワ70歳の時だった。あまりにも遅い評価といえるが、それでも女性彫刻家として同館初だったという。ピカソやデュシャンなど20世紀美術を代表する作家を特集する次章に、同時代に活動したブルジョワの作品はない。企画した正路佐知子主任研究員は「ブルジョワは『アートシーンは男性のものだという感覚があり、私がある意味、彼らの領域を侵害しているように感じた』と語っていた。美術界で道を切り開いてきたブルジョワの身体を想像しながら、この章を見てほしい」と話す。

鷹野隆大「ヨコたわるラフ(1999.09.17.L.#11)」1999/2020年国立国際美術館蔵©Ryudai Takano, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 男性中心の美術界では「理想の身体」として、白くなめらかな肌を持つ、若くて性的な女性の身体が繰り返し表現されてきた。乳白色の表現で知られる藤田嗣治「横たわる裸婦(夢)」(25年)と同じ空間に展示されているのが、写真家・鷹野隆大さんの「ヨコたわるラフ(1999.09.17.L.#11)」(1999/2020年)。ふくよかな男性が、ドミニク・アングル「グランド・オダリスク」とほぼ同じポーズで横たわる。柔らかく捉えられた男性の身体は「伝統的な主題やその背後にある異性愛主義を問い、男らしさという神話すらも解体している」と正路さんは言う。

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 一番奥の部屋に、昨年度収蔵されたブブ・ド・ラ・マドレーヌさんの「人魚の領土―旗と内臓」(2022年)が展示されている。針金でかたどられた全長約6㍍の「人魚」の内部には生成り色の綿や小さなクッションが収められ、裂けた腹の部分から色とりどりのクッションが床へと落ちている。尾びれからは旗が連なって天井へ。その全体を、床に置かれたミラーボールが照らす。しんとした水底のような気配と、親しい人とのパーティーのような華やぎが同居する、不思議な空間だ。

ブブ・ド・ラ・マドレーヌさんのインスタレーション作品「人魚の領土―旗と内臓」(2022年)=山田夢留撮影

 ブブさんは61年、大阪生まれ。アーティスト集団「ダムタイプ」を経て、映像やパフォーマンスなど幅広い手法で表現活動を行いながら、エイズ啓発や性的少数者の人権擁護などの市民運動に携わってきた。「人魚」は20年前から制作するテーマで、波にあらがいながら水と陸の境界を生きる人魚を、生と死や男女、自己と他者といった二つの領域を行き来する存在として描いている。

 本作ではポップに表現された「内臓」が目を引く。4年前に子宮と卵巣の全摘手術を受け、「自分でも驚くほど晴れやかな気持ちになった」というブブさん。その経験をもとに、「完全でない身体は不幸だ」という呪縛からの解放を表現したという。ただし、ポップな内臓は、社会の構造に対して煮えくりかえり、ぶちまけられた「はらわた」でもある。「悲しみとか怒りとか、そのまま見せても世界は変わらないから」。ポップさは、あらゆる差別と闘ってきたブブさんによる仕掛けでもあり、汚らわしいものか、さもなくば極端に崇高なものとして扱われてきた「血」や「死」を捉え直す、意欲的な試みでもある。

5章構成の第3章では、女性美術家の立体を特集する。手前は塩田千春さんの「トラウマ/日常」(2008年)=山田夢留撮影

 カラフルな布は、自身や友人の「汗や涙が染み込んだ」ドラァグクイーン衣装の古着。ミラーボールは、東京・新宿2丁目でクラブシーンを彩ってきた年代物を借りた。「ジェンダーが曖昧な生物」であるブブさんの人魚は、卵子と精子を両方有し、それらはミラーボールが放つ光の粒となって、新たな生命へとつながっていく。どんなジェンダーでも、どんな家族やコミュニティーの形でも、世界のどこにいても、皆が穏やかに祝福されて生き、そして死ぬ世界を――。静かなのににぎやかな不思議な空間には、切実な祈りが何層にも織り込まれている。

 東京・六本木の「オオタファインアーツ・7CHOME」では、ブブさんの個展「花粉と種子」を開催中。3月30日まで。

2024年3月18日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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