瀟湘勝概図屛風 六曲一隻 江戸時代(18世紀)
瀟湘勝概図屛風 六曲一隻 江戸時代(18世紀)

 国立博物館で開催される大規模な特別展もいいが、中規模館のよさはたくさんある。まず集中力を保って最後まで見られる。そして、展示の意図がストレートに伝わりやすい。常軌を逸した混雑もそれほどなく、館の規模から作品にちかしい気持ちで接することができる。

 東京でいえば、その一つが丸の内にある出光美術館だろう。1966年、谷口吉郎設計の帝劇ビル最上階で開館した。窓の外には皇居のお堀と緑がゆったりと広がり、静かに作品と向き合うことができる美術館だ。

 ここで、「生誕300年記念 池大雅―陽光の山水」展が開かれている。京都の文人画家として、伊藤若冲や円山応挙と同時代に活躍した池大雅(1723~76年)。同館には珍しく、コレクション以外からも多数作品を借用して展示を構成し、戸外の光や風を感じて表した大雅の魅力を十分に伝える。

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 「口にすれば、そよ風が吹く春の野に身を置くがごとく、心も浮き立つ」。台湾の茶館で「春悦」と名づけられた茶を飲んだとき、品書きに書いてあった。鑑賞しながら感じたのは、そのような四季の興趣だった。

柳下童子図屛風 八曲一隻 江戸時代(18世紀) 京都府蔵(京都文化博物館管理)池大雅美術館コレクション(展示終了)
柳下童子図屛風 八曲一隻 江戸時代(18世紀) 京都府蔵(京都文化博物館管理)池大雅美術館コレクション(展示終了)

 「柳下童子図屛風(びょうぶ)」(展示終了)も、暖かい季節の風景だ。画面をたっぷりとした川が横切り、中央にある簡素な橋の上で子供が2人、ひっついて身を乗り出している。カワエビをとろうとしているようだ。周囲には柳が枝を広げ、ふさふさと葉をつけている。

 橋や柳の幹がさっと描かれているのに対し、葉は「八」の字の形を細かく重ね、注意深く墨の濃淡をつけて表現されている。陽光のプリズムのなかで、川面に映った影と陸の柳が一体となって揺らめくような光景だ。

 目を凝らせば、葉には藍や赤も施されているのがわかる。担当した出光佐千子館長によると、大雅は妻の玉瀾に広い方のアトリエを譲り、大作は晴れた日に屋外で筆を執ったという。「白い紙の上に何色もの光が遊んでいるのを見て、自然を色とりどりに描くことを考えたのでしょう」と話す。

 そばに展示した「瓢鯰図」と共に、室町時代の如拙画「瓢鮎図」の変奏であるといい、「柳下童子図屛風」には、季節の実感だけでなく、禅的な問いかけも含んでいると出光館長は言う。

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 約90年ぶりに公開されたという「餘杭幽勝図屛風」をはじめ、瀟湘八景など中国の景勝地を画題とした絵も並ぶ。参考資料として明朝末期の地理書も展示され、中国の書物や絵画から学び、さらに国内各地を歩いて得た実感を交えて、絵画世界をつくりあげたことがよくわかる。

 なかでも「瀟湘勝概図屛風」は、胸のすくような清新さをたたえる。六曲一隻の屛風に瀟湘八景の各景色を取り込み、巡る季節を描いている。春の息吹に震えるような繊細な夜の雨から始まり、中央では大木が大きく枝を揺らす。同調するように左の岩山も傾き、遠くの山には雪。草木や花は点描で軽やかに描き、かすみや湖、雨は淡い色をさっとはいて表している。遠くの景色を見るように、一歩離れて見ると、絵から大気が循環するさまが浮かんでくる。湿潤だったり、冷え切ったり、やわらかかったりと、空気という形のないものを描いているのだ。

浅間山真景図 一幅 江戸時代(18世紀)
浅間山真景図 一幅 江戸時代(18世紀)

 琵琶湖のような身近な自然のほか、松島や富士山といった景勝地にも気の合う友人と度々出かけている。「浅間山真景図」は、雲海に見え隠れする峰々を引き締まった線で描いていて、実際に訪れた際のスケッチも残されている。

東山清音帖より(洞庭秋月)十六面江戸時代(18世紀)
東山清音帖より(洞庭秋月)十六面江戸時代(18世紀)

 神童といわれた書の腕前は、扇面に瀟湘八景や詩を描いた「東山清音帖」などで堪能できる。特に「洞庭秋月」や「平沙落雁」「江天暮雪」では、抽象化された景色の線と文字の線が地続きに展開されている。

 与謝蕪村と制作した「十便十宜図」(場面替えあり)も展示。光が差し、寒さが緩みはじめる時分だからこそ、いっそう季節を感じながら見ることができる展覧会だ。多数の展示替えあり。24日まで。

 なお、同館はビルの建て替えのため、2025年3月に休館する。再開は29年を見込んでいるという。

2024年3月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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