写真家・荒木経惟さんの自宅の一隅に、小宇宙がある。植物や、骸骨の人形、髪が乱れた日本人形といったおなじみのモチーフがあり、窓からの光がやわらかく注がれる。壁には影がやわらかく形をつくる。写真にあるのは、身近な場所で身近な素材を用いた、その日のその時間が生むインスタレーション。ギャラリー「artspace AM」(東京・神宮前、03・5778・3913)の漆黒の壁に、モノクロとカラーのあいだをたゆたうようなポラロイドの写真が並ぶ。
以前の、生と性と死を行き来するような写真とはどこか違う。いわゆるインスタントカメラ調の鮮やかさはなく、モノクロに近い色合いだからだろうか。「ずーっと冬 春は来ない」という個展のタイトルは悲観的な響きも持つが、とはいえ、画面には何かに寄り添うような穏やかさがある。
写真はほとんどが去年の秋から冬にかけて撮影された。ギャラリーの本尾久子さんによると、ロシアのウクライナ侵攻やガザ紛争といった戦禍のことが頭にあり、このタイトルとなったという。計100点のうち、大きく引き伸ばした写真も4点あり、生命力が立ち上がる。
artspace AMは、2014年にオープン。当初は森山大道さんや、野村佐紀子さん、石川竜一さんらの展示もしていたが、17年からは荒木さんの個展だけ開催するようになったという異色のギャラリー。近年は、1年に4回個展を開催している。本尾さんは「毎日写真を見ているけれど、見るたび新しい視点が見つかる。とても小さい部分に発見があり、のめり込む」と話す。戦争の時代にあって、積み重ねる小さな日々が記録されている。3月3日まで。
2024年2月19日 毎日新聞・東京夕刊 掲載