新作「兎月夜」を発表した牡丹靖佳さん

【ART】
あわいに揺らめく絵画
兵庫・伊丹で牡丹靖佳展

文:清水有香(毎日新聞記者、写真も)

現代美術

 あわいに揺らぐ絵とでも言えようか。現代美術家、牡丹靖佳さんが描く世界は現実と虚構、具象と抽象、平面と奥行きの波間にたゆたい、その移ろいを豊かな色彩でうつしとる。美術館では初となる牡丹さんの個展が、兵庫県伊丹市の市立伊丹ミュージアムで開催中だ。25日まで。

 来場者を迎えるのはキャンバスの下半分が黄色に彩られた大作。鮮やかな発色に誘われ画面をのぞき込むと、色面の奥に鉛筆で精緻に描き込まれた木や山が姿を現す。すると絵の具の青い筆跡は川に、紫や緑の垂れはバルーンのひも、あるいは植物の茎のようにも見えてくる。「僕にとって絵画は見ている間に緩やかに変化し続けるもの。見る人の認識が揺らぎ続けるような作品ができれば、そこに絵画の本質や真理があるのではないか」と牡丹さんは考える。

 1971年、大阪市生まれ。ニューヨークで絵画を学び、2000年に帰国後、国内外で活動を続ける。06年から絵本も手がけ、原画の一部が同館に寄託収蔵されている。本展会場には日本絵本賞の最終候補に選ばれた『たびする木馬』(22年)など絵本4冊の原画と、新作を含む絵画計約100点が隣り合うように並ぶ。

絵本『たびする木馬』の原画

 絵画と絵本は牡丹さんにとって「湧き上がるイメージをどう翻訳するかの違い」でしかない。どちらも「壊れたDVDのように勝手に流れてくる」ふわっとしたイメージ、いわく「匂いに近い」ものを絵や物語に翻訳していく営みだ。趣味の登山や各国での滞在制作などさまざまな体験がそのイメージに影響を与える。二つの仕事に共通する細かい線描や重層的な画面は、学生時代に版画を学んだことが役立っているそうだ。

 圧巻なのが最後の部屋を飾る新作「兎月夜」。縦2・6㍍、横5・8㍍の大画面にウサギと月の物語が息づく。大地に映る月の影に身を投げたウサギと、月の光に浮かび上がる新しい命。天と地、生と死、相反するものがめぐり巡る世界だ。目を凝らせば、木立にたたずむ人間の姿がある。「描き終わって自画像だと気づいた」と牡丹さん。「僕は絵を描くことでこちら側と向こう側の境目を作り出し、見に来た人をそこに招待しているのかな」

2024年2月5日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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