2階の展示室。仕切り壁を設けずに空間を大きくとった。室内ではライブイベントが日々開催される=高橋咲子撮影

【ART】
恵比寿映像祭2024
交わる「もう一つの発想」

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

映像

 16回目を迎えた「恵比寿映像祭2024」が、東京・恵比寿の東京都写真美術館を主会場に18日まで開催中だ。今年のテーマは「月へ行く30の方法」。見る人は、簡単には得られない答え、言語化できない感情と共に会場を歩くことになるだろう。

 共同キュレーターの兼平彦太郎さんは「参加作家には、王道の歴史からあふれてしまった人もいる。そういう人たちのオルタナティブな(もう一つの)発想や見方を持ち寄ることで、未来にどう生きるのか考えられればと思った」と話す。

 試みが目に見えるのは、2階の展示室。一つの大きな部屋として用い、周囲の壁には写真や映像、資料を展示している。

 先住民アボリジニにルーツがある、オーストラリア生まれのトレイシー・モファットさんの写真「オズの魔法使い、1956年」(94年)や、いびつな表彰台のような形の髙橋凜さんの立体作品「Sculpture」(23年)が並び、こうした作品に囲まれて、中央の空間では、関川航平さんらによるパフォーマンスやディスカッションなどが行われている。複製芸術と言われる映像や写真も、状況によって鑑賞体験が異なることから、「一回性」を意識させる舞台を用意した。

髙橋凜さんの「Sculpture」。表彰台のような形をしているが、協力しないと乗れない=高橋咲子撮影

 思考が耕された後は地階へ。青木陵子さんと伊藤存さんの作品「9歳までの境地」の最新版が出迎え、長野で私設美術館を開くロジャー・マクドナルドさんの世界にいざなう。映像祭のテーマとして引用された土屋信子さんの「月へ行く30の方法」は、小さなできごとが積み重なって偶然にある今を想起させる。

 3階では、昨年の「コミッション・プロジェクト」の展示で特別賞を受賞した荒木悠さん、金仁淑さんの作品を展示する(同プロジェクトのみ3月24日まで)。

 キュレーターを務めた東京都写真美術館学芸員、田坂博子さんは「アーティストの世界の見方と観客の見方、さらに居合わせた別の人の見方が出合ったときに、もう一つの見方が生まれる。そんな可能性を差し出したい」と話す。

 ◇台湾・短編特集、12作家14作品上映 脱植民地主義的作品主流に

 上映プログラムの目玉の一つが特集「台湾短編映像芸術の今」(10、14、18日)。今年の伊ベネチア・ビエンナーレ台湾館代表の袁廣鳴(ユェングァンミン)さんと、パートナーで、アートライター、台湾現代美術研究者の岩切澪さんがプログラムを組み、12作家14作品が上映される。台湾在住の岩切さんに、現代美術における映像作品の概況と、特集の見どころを聞いた。(以下敬称略)

 多数の作家の作品が一度に見られるまたとない機会。作品はここ10年で制作されたものが中心で、現在も活躍する作家から選んだという。

 世界的な傾向と同じく、台湾でも映像表現は増えている。背景として、袁さんも指導する台北芸術大学ニューメディアアート学科の存在が大きいといい、参加作家のうち昨年死去した王雅慧(ワンヤーホイ)は前身の機関を修了。ほかにも廖祈羽(リャオチーユー)、張徐展(ジャンシュウジャン)、李亦凡(リーイーファン)も出身だ。また、鳳甲美術館で隔年開催される台湾国際ビデオアート展は、旬の表現に触れる機会、かつ発表の場として刺激を与えているという。

 「今はポストコロニアル的な言説を取り込んだものが主流化しています」。17世紀以降、日本を含む外来勢力が入れ替わり力を持った台湾。「ポストコロニアルというと、日本では脱欧米中心主義に目が行きがちです。一方、台湾では自らの植民の記憶に向き合って、歴史だけなく、今も残るその影響を解体するような作品が増えています」

 今回上映される呉天章(ウティエンチャン)の「さらば、春秋閣よ」は2015年のベネチア・ビエンナーレに出品した作品。男性が軍の制服を次々着替えながら歩くさまに、植民の歴史を表現している。背景に流れるのは、日本統治時代の流行歌だ。ほかに劉玗(リウユー)や許家維(シュウジャウェイ)の上映作品にも、その特徴が表れているという。

 「袁は『今アジアで一番表現が自由にできるのは台湾ではないか』と言っています」。戒厳令下では性的・暴力的表現が厳しく制限されたが、時代が変わったからこそ、上映も可能になった。蘇匯宇(スーホイユー)の「唐朝綺麗男(1985、邱剛健)」も、性的表現を含む作品だ。戒厳令下で制作された映画を下敷きにし、当時制限されたであろう表現をふくらませている。

 そして、日本でもよく知られる袁廣鳴「日常演習」。台湾の政治的状況を反映しつつ、現代社会に普遍的な問いをはらむ。「日常のなかの戦争」を描き、ベネチア・ビエンナーレでは、この作品の延長にある「日常戦争」を発表予定だという。

袁廣鳴「日常演習」2018年

2024年2月5日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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