「(凝視)」1931/2023年 個人蔵

 戦前の日本で花開いた豊かな写真表現が、近年、改めて注目を集めている。その中でも傑出した存在感を放つ安井仲治(なかじ)(1903~42年)の、20年ぶりとなる大規模な回顧展「生誕120年 安井仲治――僕の大切な写真」が、兵庫県立美術館(神戸市中央区)で開かれている。

 大阪の裕福な商家に生まれた安井は親から与えられたカメラに魅せられ、10代で関西の名門、浪華(なにわ)写真倶楽部(くらぶ)に入会。すぐに全国に名を知られる写真家となった。芸術としての写真が模索された1920年代、フォトモンタージュなどの新技法を駆使する「新興写真」や、シュールレアリスムの理論を取り入れた「前衛写真」が興った30年代。新たな表現が次々と生まれた時代の傾向を貪欲に取り入れつつ、安井は独自の表現を追求していく。

 代表作の一つ、「(凝視)」は3枚のネガを組み合わせたフォトモンタージュ。31年のメーデーで撮影した労働者のまなざしが、建設現場のクレーンやワイヤで縁取られ、見る者を射抜くような強さを放つ。「東洋のマンチェスター」と言われた当時の大阪は、近代都市が抱える諸問題にも直面していた。

「(少女と犬)」1930年代後半 個人蔵(兵庫県立美術館寄託)

 新興写真や前衛写真に分類されない多様な傑作を残したのも安井の特徴。「(少女と犬)」は、同館の若手職員から熱い支持を集めた1枚という。小林公(ただし)学芸員は「柔らかくてやさしい作品。(初の大規模回顧展が開かれた)20年前とは違う、今求められている安井仲治だと感じた」と話す。撮影場所の風景と静物を即興で組み合わせる手法を「半静物」と名付けて実践したことも、自由で柔軟な姿勢を物語る。「なまなかにまねすると危険な手法でもあるが、作為と自然という両立しがたいものを両立させようとしているのが面白い」と小林さん。

 早くから指導的立場にも立ち、多くの人に慕われる一方で、みずみずしい感性を持ち続けた安井。いろはに乗せて写真の心得を説いた「写真家四十八宜(しやしんをうつすひとよんじうはちよろし)」は、「きようの写真より明日の写真よろし」という言葉で結ばれている。2月12日まで。東京ステーションギャラリー(東京都千代田区)に巡回。

2024年1月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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