豊嶋康子展から 「パネル」の裏には木材が複雑に貼り合わされている=東京都江東区の都現代美術館で

 いずれも30年以上にわたって活動する豊嶋康子(1967年生まれ)と白井美穂(みお)(同62年)、それぞれの展覧会が東京都内の美術館で開かれている。共に身近な素材に思索を織り込んだ作品を手がけてきた。創作を通して社会的な役割や約束事とは別のあり方を想像してきた2人の営みが見渡せる。

 東京都江東区の都現代美術館で開かれている「豊嶋康子 発生法―天地左右の裏表」(3月10日まで)は収蔵品を含む約500点で構成。真ん中を削った何本もの「鉛筆」(96~99年)や熱でぐにゃりとゆがんだ「定規」(同)など、機能を無化した日用品や、「口座開設」(96年~)と題して次々と銀行に口座を開く自らの試みによって増え続けた無数の通帳など、素材、主題、アイデアは多岐にわたる。

豊嶋康子展から 「発生法2(表彰状コレクション)」=東京都江東区の都現代美術館で

 豊嶋さんは「私たちは自由に動いているようで、実は何か大きい法則や枠のなかでぐるぐるしているのではないか」と語り、既存の制度やルールを外側から見ようとしてきた。例えば「発生法2(表彰状コレクション)」(98年)では、これまでに受けた表彰状や証書を額装して並べた。自宅に飾れば立派な表彰状も美術館に掲げられた途端、陳腐に見えるのはなぜだろう。「この紙の価値は?」「美術館とはどんな場所?」と、さまざまな疑問が浮かんでくる。

豊嶋康子さん

 絵を描く側ではなくその裏に複雑な装飾を施した「パネル」(2013年~)では、表と裏、地と図がひっくり返る。また、それらが不自然な角度で壁からつられているから落ち着かない。この緊張感は会場を満たす何とも言えないエネルギーと無関係ではないだろう。初期作品のいくつかは廃棄寸前だったというから驚いたが、この機に修復された。

白井美穂展から 「Table」。題名にあるテーブルはどこにもない=東京・府中市美術館で

 家具などを用いた大胆なインスタレーションで注目を集めてきた白井さんの約35年に及ぶ活動を紹介するのは、東京・府中市美術館で開かれている「白井美穂 森の空き地」(2月25日まで)。何脚もの椅子に挟まれた、本来なら長テーブルが置かれるべき場所に人造の樹木が並ぶ「Table」(92年)や、壁に机を取り付けてその天板にシャンデリアをつった「Six Tables」(91年)のように、白井さんはものとそれを指し示す言葉を切り離す。「人がことばを操り、支配するのと同じように、ことばによって支配もされる。ものとことばの結び付きをいったん解き、新たな組み合わせのもとに生まれる奇妙な関係性は、固定観念を揺さぶるきっかけになる」と話す。

白井美穂さん

 十数年にわたるニューヨーク滞在をへて近年、再び描くようになった油絵と、最初期の89年に手がけた彫刻の大作が同じ空間で共鳴していた。時系列にはこだわらず、作品同士の連関に耳をすませ、配置を決めた。「これから手がける作品によって新たな星座が形作られる予感がする」と白井さんは期待する。

白井美穂展から 1989年に手がけた立体作品「凍結時」と新作の油絵=東京・府中市美術館で

 どちらの試みも認識の根本を問うような概念的な側面が強いが、豊嶋さんの作品からは手仕事の楽しさが、白井さんの作品からは豊かな物語性も伝わる。目にも十分に楽しい。

2024年1月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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