SANAAによるシドニーの「ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館」の内部空間=五十嵐太郎氏撮影

【この1年】建築 国家的建造物の危機

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 ザハ・ハディドらの国立競技場プロジェクトに続き、大阪・関西万博のリングが建設費の高騰によって激しく批判された。国家的な建築が共感を得づらくなったことは、経済的に疲弊する日本の社会状況に起因する。また、20世紀半ばの形態による伝統論争とは違い、政治家が近年の木造ナショナリズムを意識して「伝統構法だ」と説明したことで、「ボルトが使われている」「国産材ではない」といったツッコミにさらされ、現代的な大型木造の意義という問われるべき論点がずれた。

 おそらくリングがなければ会場は貧弱になるだろう。ただし、半年で壊すのにはあまりにも高い。ところで、昨年亡くなった磯崎新の水戸芸術館(1990年)の隣に今年開館した伊東豊雄による水戸市民会館は、竹中工務店が開発した耐火集成材を用い、吹き抜けにおいて迫力がある木造の架構が展開する。彼は国立競技場の仕切り直しコンペで、巨大な木造の列柱をもつ案を提出して敗れたが、そのアイデアを継承したものだろう。

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 今年は虎ノ門ヒルズステーションタワーや、日本一高いビルとなった麻布台ヒルズ森JPタワーがオープンし、東京で大型プロジェクトが目立った。前者は世界大手の建築事務所OMAにとって日本初の大型建築であることに加え、ネイ&パートナーズによる折板箱桁構造の空中歩廊、Tデッキが興味深い。後者はヘザウィック・スタジオが日本初の作品として波打つような低層部を設計し、同事務所の展覧会も森美術館で開催され、話題を呼んだ。

 地方では、二つの美術大学の新キャンパスが誕生した。SALHAUS・カワグチテイ建築計画・仲建築設計スタジオによる金沢美術工芸大、ならびに乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体の京都市立芸術大である。ともに街に開かれたキャンパスを特徴とし、前者はガラスの大屋根をもつ「アートプロムナード」を中心軸に設けたり、さまざまな用途の「アートコモンズ」を建築にちりばめるなど、学生の活動を誘発していた。

福武トレスのFギャラリー=五十嵐太郎氏撮影

 岡山市の「福武トレス 時の庭」では、荻野景観設計が庭園を復元しつつ整備し、TNA(武井誠+鍋島千恵)の驚くべき構造の「Fギャラリー」が登場した。これは壁が一切なく、358本の極細の柱によってガラス張りの建築が木々にまぎれながら浮く。周防貴之らが設計した高松市の「やしまーる」(屋島山上交流拠点施設、22年)とその向かいの「れいがん茶屋」も素晴らしい。前者はうねるガラスの回廊であり、後者はラディカルなリノベーションだった。

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 渡航がしやすくなり、SANAAによる外国の近作、ミラノのボッコーニ大(19年)、パリの百貨店「サマリテーヌ」(21年)、箱型をずらしながら重ねたシドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館の新館(22年)をまわった。いずれもガラスを効果的に用いた、新しい感覚のデザインを現地で開花させており、世界に受け入れられていることが実感できる。

 建築展としては、西澤徹夫の「偶然は用意のあるところに」展(TOTOギャラリー・間)は、他者が介入する、知的なアプローチによって構成され、自作の芸術文化複合施設「グラントワ」で開催された内藤廣の個展は、実作以外に学生時代からのアンビルドを総覧できる高密度な内容だった。約30年ぶりのフランク・ロイド・ライトの大型回顧展(豊田市美術館)は、教育活動する女性の施主との関係など、新しい視点を組み込む。ベネチア・ビエンナーレ国際建築展2023の日本館は、o+hのキュレーションによって吉阪隆正が設計した会場(1956年)の魅力を再発見させる試みだった。また今年から原広司の粟津潔邸(72年)、宮脇檀の松川ボックス(71年)、黒川紀章の中銀カプセルタワービル(72年)のユニットがギャラリーに転用されたり、川合健二のコルゲートハウス(66年)が宿泊可能になるなど、プライベートな傑作住宅が公開されたのは喜ばしい。

◇今年の建築3選

・SANAA ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(シドニー)
・TNA 福武トレスのFギャラリー(岡山市)
・SALHAUSなど 金沢美術工芸大(金沢市)

2023年12月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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