「深瀬昌久1961-1991 レトロスペクティブ」の展示風景=東京都写真美術館で2023年3月、高橋咲子撮影

【この1年】写真 新しい技術と創造性

文:竹内万里子(批評家・作家)

写真

 対話型人工知能(AI)がこれまでになく社会に浸透した今年、世界最大規模の写真コンテスト「ソニーワールドフォトグラフィーアワード」クリエイティブ部門最優秀賞に、AIを用いた作品が選出された。しかし作者のボリス・エルダグセンが声明を発表して辞退したことで大きな反響を呼んだ。

 19世紀前半に写真が誕生した当時、ポール・ドラロシュが「今日を限りに絵画は死んだ」と嘆き、シャルル・ボードレールが「写真は科学と芸術の召使という本来の義務に立ち戻らなければならない」と述べたように、新しい技術の誕生は必ず創造性をめぐる人間の価値観を揺るがし、混乱させ、次のフェーズへと導く。今、私たちは望もうと望むまいとそのような歴史の分岐点にいる。

 この変革期に、奇を衒(てら)うことなく写真表現の神髄をあえて実直に確かめようとする試みが集中することは偶然ではない。「深瀬昌久1961-1991 レトロスペクティブ」展(東京都写真美術館)は、私生活に深く根差した作品で知られる深瀬の国内初の回顧展だった。巡回展「『前衛』写真の精神:なんでもないものの変容」(千葉市美術館など)は、瀧口修造、阿部展也、大辻清司、牛腸茂雄の思想や作品を辿(たど)る骨太の企画だった。牛腸についてはさらに関西で初めての本格的な回顧展「牛腸茂雄写真展 〝生きている〟ということの証」が兵庫・市立伊丹ミュージアムで開催された。大正から昭和にかけて写真の可能性を大胆に追求した安井仲治の全貌を探る「生誕120年 安井仲治」展(愛知県美術館など)も国内を巡回した。

 改めて問われたのは写真表現の神髄だけではなく、日本という国家の歴史でもあった。第42回土門拳賞は、旧満洲に残る数百の建築遺産を撮影した船尾修が写真集『満洲国の近代建築遺産』で受賞した。第47回木村伊兵衛写真賞は、サハリン残留朝鮮・日本人を追った新田樹が写真集『Sakhalin(サハリン)』等で受賞した。東京オペラシティ・アートギャラリーで開催された「石川真生 私に何ができるか」では、沖縄出身の石川がさまざまなアプローチによって沖縄をめぐる問題を鋭く問いかけた。

 AIに限らず、多様な領域接続が当然となった現在、「写真」という枠組みもまた根底から問い直されている。さらに誰もが手ごろな技術を用いて理想的なイメージを産出できるようになった結果、写真は今後、物質性や身体性を伴うプロセスとしての価値を一層帯びるのではないかと思う。その意味において、Nerhol「REVERBERATION」(東京・The Mass)、清水裕貴「眠れば潮」(京都・PURPLE)、「即興 ホンマタカシ」(東京都写真美術館)等は、その志向を感じさせた。

 世界で最も名誉ある写真賞であるハッセルブラッド賞は、キャリー・メイ・ウィームスがアフリカ系女性作家として初めて受賞した。彼女は写真を作品制作の中心に据えつつも、映像、テキスト、サウンドなどさまざまな要素を取り入れて活動してきた。しかし一貫しているのは、人種差別やアフリカ系アメリカ人をめぐる問題の追求である。どのような技術や手段であれ、その根底をなす問いの強さと深さこそが重要であるということを、今一度かみしめたい。

2023年12月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする