【この1年】
美術 コレクションと美術館活動、模索
幕末明治から現代見つめる展示も

文:高橋咲子(毎日新聞記者)、山田夢留(毎日新聞記者)

コレクション

美術館

 美術館の未来についていっそう思いをはせた1年だった。美術館・博物館という制度が日本にもたらされ、わずか150年ほど。1980~90年代に公立美術館が全国に相次いで設立されてからは、半世紀もたっていない。この短い間で、めまぐるしく社会が変わるなか、理想とする美術館像も変化している。だからこそ、永続的な活動のなかで、そのあり方は常に問い直されねばならない。

 そう思ったのも、美術館のコレクションにまつわるニュースが多数飛び交ったからだろう。大阪府が美術館建設のために収集した作品をずさんに保管していた問題や、鳥取県立美術館の設立にあたり3億円で購入されたアンディ・ウォーホルの「ブリロの箱」が「税金の無駄遣い」と批判された件が耳目を集めた。

 これらの問題自体もさることながら、その後の過程で浮き彫りになった美術館活動への視線が興味深かった。大阪では府特別顧問が、デジタル化すれば作品の現物を処分する方法もあるという考えを示し、鳥取では、何度も市民と対話を重ね、むしろ「ブリロの箱」の意義が浸透した感さえある。

 経済状況の変化もあり、今や収集予算がゼロという公立館も少なくない。そのなかで、静岡県立美術館は1人の男性コレクターが作品を継続的に寄贈していたと発表した。男性は美術館側と対話しながら、既にあるコレクションを補うように作品を購入していたという。公立美術館の場合、コレクションは自治体の財産には違いない。しかし、美術館は市民との関わりのなかで育っていく。この視点を改めて差し出すものだった。

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森美術館の開館20周年を記念して開かれた「ワールド・クラスルーム」。左から奈良美智、ヤン・ヘギュ、片岡真実館長、宮永愛子、宮島達男、高山明=東京都港区で4月18日
森美術館の開館20周年を記念して開かれた「ワールド・クラスルーム」。左から奈良美智、ヤン・ヘギュ、片岡真実館長、宮永愛子、宮島達男、高山明=東京都港区で4月18日

 東京では、六本木の都心に誕生した森美術館が開館20年を迎えた。日本のアートシーンをけん引してきただけでなく、「現代アートがファッション誌でも取り上げられるようになった」(片岡真実館長)ように普及浸透にも大きな役割を果たした。同館の2021年の企画展で存在感を放った三島喜美代は、岐阜県現代陶芸美術館で90歳にして初めての美術館個展を開催。浮き立つような創造性を長いキャリアのなかで持ち続けてきたことを示した。衰えぬ創作意欲といえば、東京国立博物館「横尾忠則 寒山百得」もそうだろう。

再開館を記念した「Before/After」の展示風景。手前はコウミユキ、奥は若林奮の作品=広島市南区で同月6日
再開館を記念した「Before/After」の展示風景。手前はコウミユキ、奥は若林奮の作品=広島市南区で同月6日

 公立初の現代美術館として89年に誕生した広島市現代美術館。リニューアルオープン展「Before/After」では、建物を含む細部の時間を示すと同時に、広島にある美術館としていかに現代的主題と接続しうるか内省を試みた。同展には16年ぶりに新規購入された作品が展示され注目を集めたが、私立のアーティゾン美術館(東京)は抽象絵画の収集の成果を「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開」で見せ、コレクション更新の必要性を痛感させた。

TCAA受賞記念展の志賀理江子「風の吹くとき」のビデオインスタレーション=東京都現代美術館で3月17日
TCAA受賞記念展の志賀理江子「風の吹くとき」のビデオインスタレーション=東京都現代美術館で3月17日

 一方、「Chim↑Pom from Smappa!Group」は東京・歌舞伎町のビルを舞台に作品を発表。美術館は制度に守られ、権威付けの場でもあるが、その外でこそ真価を発揮するグループだと思わせた。志賀理江子がTCAA受賞記念展(東京都現代美術館)で見せた、東北が置かれた歴史への抑えがたい怒りは、こうした安全地帯の美術館から鑑賞者を別の場所に連れ出すような力があった。青森県立美術館「奈良美智:The Beginning Placeここから」、東京・国立新美術館「蔡國強 宇宙遊」、埼玉県立近代美術館「戸谷成雄 彫刻」も忘れがたい展示となった。

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 幕末明治を扱った展示が目立ったのも今年の特徴だろう。千葉市美術館、福島県立美術館「没後200年 亜欧堂田善」、愛知県美術館「近代日本の視覚開化 明治」、東京・サントリー美術館「激動の時代 幕末明治の絵師たち」など、時代の変わり目に生まれた表現のおもしろさを提示してくれた。なぜこうした企画が相次いだのか。サントリー美術館の内田洸学芸員は、80年代から本格的に始まった研究が花開いたとみる。このほかに、人気の江戸美術展が一巡したことや、未来への不安が横たわる今日において、変革の時代を見つめ直したいという気分もあったのではないか。

 では、近世から近代に日本の美術は何を得て、何を置き去りにしたのか。実作者として抱えていた問いを、現代美術の個展という形で鮮やかに具現化してみせたのが山口晃の「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館)だった。

 東京・太田記念美術館「ポール・ジャクレー」、京都国立近代美術館、東京ステーションギャラリー「甲斐荘楠音の全貌」にも言及したい。共に1890年代の生まれで、歌舞伎を愛した2人。同時代的な感性のなかに、過ぎ去った前代へのあこがれが見え隠れする。浮世絵や日本画というジャンルにありながら、東洋と西洋の二つの文化が共存する点も共通していた。映画界での活躍にも着目した甲斐荘展は、京都国立近代美術館では97年以来の回顧展だったといい、同館ほかで開催された「走泥社再考」も含め、継続的な美術館活動のなかでできた、捉え直しだった。

 東京・上野の森美術館での「モネ 連作の情景」は、土日祝日料金が3000円と高額で話題を呼んだ。大型展覧会の持続可能性と公共性のバランスを考えるうえで試金石となるだろう。

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「大阪の日本画」の展示風景=大阪市北区の大阪中之島美術館で1月20日、大西岳彦撮
「大阪の日本画」の展示風景=大阪市北区の大阪中之島美術館で1月20日、大西岳彦撮

 文芸や映画、演劇など芸術の他ジャンルと異なるのは、美術館が全国各地にあり、それぞれが地域に根ざした活動をしていることかもしれない。大阪中之島美術館ほかで開かれた「大阪の日本画」は、東京、京都の二大画壇を中心に語られてきた日本美術史に「大阪画壇」を位置づけることを試みた。また、京都国立近代美術館「Re:スタートライン1963―1970/2023」では、開館60周年にあたり、当初開催していた「現代美術の動向」展を再検証。東京中心に語られがちな戦後美術史に新たな視点をもたらした。

 和歌山県立近代美術館の「トランスボーダー」は「海外に渡った日本人芸術家」というテーマに光を当てた。「移民県」の美術館として、渡米美術家の調査を地道に続けてきた蓄積を、存分に示す展覧会だった。

 晩年まで創作を続けた画家・野見山暁治、彫刻家・澄川喜一が死去した。また、伊藤若冲の再評価において一翼を担った美術コレクターのジョー・プライス、エツコ夫妻、広く文化に貢献した資生堂名誉会長で元東京都写真美術館の館長、福原義春が鬼籍に入った。


2023年の展覧会3選

■佐藤康宏(東京大学名誉教授)
①北宋書画精華(東京・根津美術館)
②廃墟とイメージ(神奈川県立金沢文庫)
③没後190年木米(東京・サントリー美術館)

 ①は希少な作品を集めて中国書画史の頂点を示し、平安美術との関係も再考させた。②は意外にも中世日本で種々の廃虚が表象されたのを明かした。③は素人の余技ではない絵画と陶芸の巧みを示した。

■中村史子(大阪中之島美術館学芸員)
①Before/After(広島市現代美術館)
②合田佐和子展 帰る途もつもりもない(高知県立美術館、東京・三鷹市美術ギャラリー)
③高田冬彦Cut Pieces(東京・WAITINGROOM)

 広島のリニューアル展は祝祭的で親しみ深いものながら、収蔵作品の再展示について改めて問い、被爆地、広島の現代美術館という自身のアイデンティティーも見つめる充実したものだった。

2023年12月25日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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