「堀尾貞治 あたりまえのこと千点絵画」展の展示。床にも作品が並ぶ
「堀尾貞治 あたりまえのこと千点絵画」展の展示。床にも作品が並ぶ

 色がリズミカルにちらばり、墨が力強く走る。破れがあり、焦げ目もある。かと思えば、鉛筆の線が繊細な表情を見せる。展示室の壁や床に所狭しと並べられた絵画は、全部で276点。神戸市のBBプラザ美術館で開催中の「堀尾貞治 あたりまえのこと千点絵画」は、2018年に亡くなった現代美術家、堀尾貞治の没後初の美術館個展であり、晩年のあるプロジェクトの全容が初めて明らかになる展覧会でもある。

「無題」2016年
「無題」2016年
「無題」2016年
「無題」2016年

 あるプロジェクトとは、16年に行われた「千Go千点物語」。のべ6日間で1000点の絵画を描くという驚異のプロジェクトで、堀尾と奈良県大和郡山市の「喜多ギャラリー」が企画した。タイトルは稲垣足穂の「一千一秒物語」から。1日平均171点、3分に1点というペースで、1028点が制作された。

 プロジェクトと前後して体調を崩し、2年後に79歳でこの世を去った堀尾の、最後のまとまった作品制作。しかし作品数が膨大なため、これまで展示されたのは一部にとどまっていた。没後5年となる今年、全点を調査・収録した作品集が刊行され、あわせて同館で過去最大規模の展示を行うことになった。

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 神戸市に生まれた堀尾は、中学卒業後、三菱重工業神戸造船所に就職。働きながら創作を続け、1966年に前衛美術集団「具体美術協会」に加入した。85年ごろ、ある宗教家との会話がヒントとなり、「空気」をテーマに創作を始める。「空気」を「あたりまえのこと」とも表現した堀尾は、毎日身の回りのものに色を塗る「色塗り」を、亡くなるまで30年以上続けた。

 97年からは1枚1分でドローイングするという「一分打法」が日課に加わった。毎朝起きると、画用紙を複数並べて一気に描く。「千Go千点物語」は、思考が介在する余地を極力排除する「一分打法」の集大成といえる。

小品が並ぶ会場の一角
小品が並ぶ会場の一角

 支持体は店舗やイベントなどで使用された廃棄パネル。一枚一枚描くこともあれば、室内や屋外で複数のパネルを壁や地面に並べ、一気に仕上げることもあった。アクリル絵の具やペンキで描いたり、絵の具をまいたり、鈍器でたたいたり。火であぶった跡もあれば、今もまだ乾ききっていない絵の具の盛り上がりもある。廃棄パネルの色や模様がそのまま作品に取り入れられているものもある。

 1028点中約600点を占めるのは90角のサイズだが、270センチ×90センチといった大きなものから三角形の小品まで、大きさも形もさまざまだ。宮本亜津子学芸員は「一つ一つの支持体に合わせて、もっとも美しいと思われる表現が瞬時に繰り出されている」と話す。

「千Go千点物語」の制作風景=2016年撮影
「千Go千点物語」の制作風景=2016年撮影

 「理由などなくやることというのは 何か自分を超えたようなところから 始まるので あるいみ気持ちいい」。2回目の制作から10日ほどたった3月末、堀尾はノートにこうつづっている。ギャラリーに宛てたはがきには「何かわけわからん押しよせてくるような楽しさ感じてます 1000点バカまるだしでやりたいのであります」と書き、「夢の時間をありがとうございました」と、創作の喜びや感謝を繰り返し書き送った。

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 堀尾は定年後年100回にのぼる展覧会やイベントを手がけ、会期中は毎日パフォーマンスをしたり作品を追加したりした。それだけに宮本さんは、「堀尾さんのいない堀尾貞治展が成立するのかどうか、今回とても悩んだ」と明かす。妻で造形作家の堀尾昭子さんに相談する中で、「小細工は一切せず、シンプルに強く」と心が固まり、「作品が一番良く見える」ことだけを考えるようになったという。展示を見た喜多ギャラリーの溝渕眞一郎さんは「堀尾さんの箱の中に放り込まれたような感じで、すごく迫力がある」と喜び、「そこらへんに堀尾さんがいてるんちゃうかと思う」と笑った。

 入り口近くに、「あたりまえのことをしていけば あたりまえでなくなり やがて力となる」という堀尾の言葉が掲示されている。誰もなし得ない「あたりまえ」が生んだ力が、会場に満ちている。24日まで。

PROFILE:

山田夢留(毎日新聞記者)

2023年12月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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