米国議会図書館に司書、学芸員として勤務する中原まりさん=東京都新宿区で

 ワシントンの米国議会図書館で建築図面や写真の収集、保存、公開を担う司書で学芸員の中原まりさん(1964年生まれ)が10月下旬、毎日新聞の取材に応じた。建築家の伊東豊雄さん(82)が先月、初期作の図面や模型をカナダ建築センターに寄贈すると明らかにして、国内の建築資料をめぐる保存のあり方に一石を投じた。中原さんは「可能な限り自国で保存するのが望ましい。建築と図書館情報学双方の知識を持つ人材を育て、国の援助を得て、建築資料保存の体制を整えるべきだ」と指摘する。

 中原さんは、建築図面や写真、スケッチといった資料を整理し、体系付け、公開まで担える数少ない「建築アーキビスト」だ。4年ぶりに帰国すると聞き、都内で話を聞く機会を得た。

 国内には建築に特化した資料館として2013年に開館した国立近現代建築資料館(東京都文京区)があるが、伊東さんは「スタッフの数が十分ではなく、デジタル化なども遅れているのではないか」と感じ、カナダへの資料移送を決めた。中原さんは「一人の建築家の資料を総合的に収集、整理、保存、公開するには非常に大きな労力が必要。責任も重大です。同館が企画する展覧会は優れていますが資料の保管、公開については世界水準に達しているとは言いがたい。国際建築博物館連合(ICAM)主催の会議に参加するなどしてネットワークを築く必要がある」と語る。

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 建築資料の重要性に気づいたのは東京都立大で米国の建築事務所「マッキム・ミード・アンド・ホワイト」に関する博士論文に取り組んでいた頃。指導教官の紹介で米コロンビア大を訪ね、彼らが手がけた設計図の原本を見た。国内で見ていた簡易版とは違い畳1畳ほどもあった。「リネン(麻布)にインクで描かれていて、原図に当たらなければ決して分からない詳細な情報が盛りだくさんでした」

 博士論文を執筆後、日本の建築資料の保存状況を調べると専門施設はないに等しかった。96年から1年半、同大に留学し、建築アーカイブについて学び、帰国したが「生かせる母体はなかった」。00年、米国に移住。アメリカ建築財団(AAF)でのコレクション管理などをへて07年から米国議会図書館に勤務する。

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 同図書館では近年、建築家、チャールズ・グッドマンに関する約3万8500点の資料整理に携わった。寄贈された図面を丸まった状態から広げ、一点一点チェックし、適切なフォルダーや箱に収納。書誌データを作成し、代表的なものはスキャンに回すなど一連の作業は膨大だ。3人が専属して丸2年かかったという。また、コンピューターを利用した設計システム(CAD)の収集、公開といった同図書館では前例のない課題にも、この先数年かけて計画を立て、臨む。

 1億8000万点を保管する世界最大規模の同図書館は書籍や雑誌に限らずこうした建築図面、写真、地図、映像、楽譜などを幅広く収集し、取り扱う言語は460に上る。デモで使われたプラカードやビラ類も収集しているといい「司書が外を走り回って拾ったりもらったりしている」。

 「資料をアーカイブする使命は、歴史をさまざまな側面から総体的に捉えるため。日本では保存を優先する姿勢が公開の壁になっていることが多いようです。誰のために何のために資料を収集するのか考え、積極的な公開にも力を入れるべきです」と話した。

2023年11月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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