大阪モノレール公園東口駅に展示されている「航海(Voyage)」。木の部分にはひび割れや剝離などの傷みが目立つ=大阪府吹田市で8月、山田夢留撮影

 「アート作品は人の目に触れてこそ価値がある」。大阪府が所蔵する美術作品105点が地下駐車場に6年間も置かれていた問題が明らかになった直後、吉村洋文知事はこう述べた。劣化や盗難のおそれがあった保管状況の発覚を受け、もっともな発言のようだが、既に鑑賞できる状態にある作品が悲惨な扱いをされていると知ったら、賛成できるだろうか。105点とは別に府が「活用」してきたはずの立体作品の一部が、過酷な環境に置かれている。駅や屋外で展示され、記者が現地で確認すると、ひび割れや剝離、サビなどで劣化が進んでいた。

1988年の制作当時の「柱と台車」=野堀成美さん撮影、森口まどかさん提供

 大阪公立大中(なか)百舌鳥(もず)キャンパス(堺市中区)に、全体が赤茶色をした立体作品がある。校舎の入り口付近の屋外に置かれ、下は落ち葉の吹きだまりのようになっている。校舎の中から鑑賞してもらう狙いらしいが、窓ガラスの中央に施された模様で作品が見づらい。戦後の関西彫刻界をリードした森口宏一による「柱と台車」(1988年)だ。鋼材製で元々は黒っぽい色だったのが、風雨にさらされ全体がさびてしまっていた。

森口宏一「柱と台車」 大阪公立大での現状=8月、山田夢留撮影

 大阪モノレール公園東口駅(大阪府吹田市)の構内には、人の頭をかたどった彫刻と1本の木材がワイヤでつながった大型作品が置いてある。多摩美術大の小泉俊己教授が制作した「航海(Voyage)」(93年)だ。木材の部分は表皮が剝がれるなど損傷が激しい。後ろにある窓からは日光が降り注いでいた。

 いずれも府が所蔵する「20世紀美術コレクション」の作品だ。

 80年代末に浮上した美術館計画に合わせ、府が90年代を中心に絵画や版画、写真、彫刻など7885点を収集。しかし財政悪化で計画は96年に凍結、2001年に廃止になった。作品は行き場を失った。特に約200点ある大型立体作品の保管場所は、歳出削減の圧力で二転三転。うち105点は府咲洲(さきしま)庁舎(大阪市住之江区)の地下駐車場に保管されていたことを毎日新聞が23年7月に報じ、9月までに別施設に移された。

 残り約100点は府内各地に展示されている。府は96年、作品を民間のオフィスビルやホテルなどに貸し出す事業を開始。並行して府関連施設での展示を進めた。府民に鑑賞の機会を提供するとともに、倉庫代を浮かす狙いもあった。

 全7885点に範囲を広げると、8月現在で府庁本館(大阪市中央区)に絵画27点、府咲洲庁舎に彫刻49点を展示。府が出資する大阪モノレールの駅、大阪府立国際会議場(同市北区)、府立の病院などにも展示されている。一定期間にわたって展示されているのは全体の1割未満だ。

 美術専門家の間で批判が強いのは、モノレールの駅での展示のあり方だ。98年に「モノレール美術館」と銘打って、コンコースなどで立体作品の展示を始めた。国際コンクール「大阪トリエンナーレ」(90~01年)の受賞作や、森口らの作品が設置された。パブリックアートとして駅や屋外に彫刻を置くこと自体は珍しくない。しかし、府のコレクションは、環境が整った美術館での展示や収蔵を前提に制作されているため、スタート時から「作品保全と逆行する」という反対意見が内部でもあったという。

 美術評論家で宝塚市立文化芸術センター館長の加藤義夫さんは当時、美術雑誌に「彫刻たちは墓場へ移動させられたようなもの」と批判する記事を寄稿した。「『美術館』と聞いて見に行ったが、駅の片隅に追いやられたひどい展示で、あんまりだと思った」と振り返る。

 小泉さんは10年以上前、大阪を訪れた同僚から実態を知らされ「残念を通り越してあっけにとられた。(作品の現状は)写真でしか見ていないが、砂浜に打ち上げられ放置された漂流物みたいになっているんでしょう」と心境を明かした。駅で展示することを「事前に分かっていたら木は使わないとか、耐光性のある鉄を使うとか、もっと違う素材を選んだ」と語る。

公園東口駅には計7点を展示。作品の間には自動販売機などがある=大阪府吹田市で8月、山田夢留撮影

 ◇「文化より経済」予算つかず

 「モノレール美術館」が始まって25年。関係者によると、ある作品が乗客に公衆トイレと勘違いされて汚され、撤去したこともあった。年2回、府文化課の職員らが点検して掃除し、保険の対象となる破損は修復しているが、予算が別に必要となる経年劣化への対応はしてこなかった。加藤さんは「どの自治体にも言えることだが、大阪府では常に経済が文化より優先されてきた結果といえる。必要があれば修復するという活用の大前提ができていない」と批判する。

 美術館などは通常、館内の温湿度を一定にしたり、照明の強さを制限したりして、作品の保全を図る。屋外展示が前提の野外彫刻であっても、継続的なコンディションチェックや修復が必要となる。60年以上続く野外彫刻展で知られる山口県宇部市では、市内各地に展示している彫刻を順次修復しており、23年度は約440万円を計上するなどしている。

 府文化課は「このままでいいとは思っていない」といい、修復予算を獲得するためのコンディションチェックを進めているとする。
 府は今後より多くのコレクションを展示したい考えだが、専門家はどうみるか。

 森口宏一の長女で美術評論家の森口まどかさんは「落丁した本が並ぶ図書館が読書の機会を提供できないように、傷んだ作品を展示しても、鑑賞の機会を提供しているとはいえない」と批判する。その上で「コレクションには一般的に難解とされる抽象彫刻や絵画が多く、理解を深めてもらうためには一層の創意工夫が必要」と述べ、キャプションを更新するなどの努力が最低限必要と主張する。

 加藤さんは「コレクションを守る一義的な責任は府にある」としつつ、府民が関わることも大切と指摘する。「各地に展示されている作品を巡るツアーを実施したり、作品をきれいに保つボランティアのチームを結成したり、府民が主体となってできることはたくさんある」と語る。

2023年10月25日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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