「ふしぎなえ」1968年 津和野町立安野光雅美術館蔵 Ⓒ空想工房

 2020年に94歳でこの世を去った画家、安野光雅の回顧展「安野光雅展」が、あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区)で開かれている。絵本デビュー作『ふしぎなえ』(福音館書店)から、没後出版された『旅の絵本Ⅹ』(同)まで。豊かな想像力と遊び心で描かれた原画約140点が並ぶ。

「旅の絵本Ⅹ オランダ編アムステルダム中央駅」2022年 津和野町立安野光雅美術館蔵 Ⓒ空想工房

 1926年、島根県津和野町に生まれた安野は、上京後、福音館書店の編集者だった故松居直と出会い、42歳の時に『ふしぎなえ』を出版した。緻密で美しい描写とユニークな発想で描かれた数々の作品は国内外で高く評価され、84年には国際アンデルセン賞を受賞。叙情的な風景画でも愛され、古典文学の絵画化なども手がけた。

 本展は安野が存命中の20年春に開催予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で中止に。3年越しで実現した。冒頭を飾る初期3部作『ふしぎなえ』『さかさま』『ふしぎな さーかす』の原画20点は、津和野町立安野光雅美術館の大矢鞆音館長が「なるだけ外に出さないようにしている」と話す貴重なものだ。

 天動説が信じられていた中世の人々を描いた『天動説の絵本―てんがうごいていたころのはなし―』(同)は原画全点が展示されている。安野自身が地球は丸いと知った時に受けた大きな衝撃が原点にあるという同作。新谷式子学芸員は「当時の人々は愚かだったという目線ではなく、その頃の常識がそうだっただけで、今信じている常識も将来変わるかもしれないと思わせるような内容で描かれている」と話す。好奇心旺盛で科学や数学を愛した安野のまなざしが、それを取り巻く人々にも向けられていたことがわかる。

 本展の最後に展示されているのは、77年に出版が始まった『旅の絵本』シリーズ10巻目の原画。没後にアトリエで見つかり、22年に出版された。舞台は生前、何度も訪れたオランダ。戦時中に大原美術館で感銘を受けたというゴッホの故郷でもあり、思い入れが強かったというオランダを、思い出と空想で旅し描いた。

 『繪本 三國志』(朝日新聞出版)や井上ひさしの本の装丁画、こまつ座ポスターなどの原画も展示。11月12日まで。

2023年10月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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