【ART】山口晃さん「サンサシオン」展
二次元の写真で見てもきっとよく分からないだろう「アウトライン アナグラム」(2023年)

 近代以前の日本美術と、現代を接続するような試みを重ねてきた山口晃さん(1969年生まれ)。東京・京橋のアーティゾン美術館で開催されている個展「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」で、さまざまな仕掛けを用いて示すのは「見る」という行為。山口さんの思考の痕跡を伝えると同時に、鑑賞者の私たちにも問いかける。石橋財団のコレクションと現代作家が共演する「ジャム・セッション」シリーズの第4弾。

 最初の部屋は、展覧会の口上のような位置付けと言えばいいだろうか。ある設(しつら)えによって視覚と身体の反応がちぐはぐになる。慌てふためき、まじめな美術館ではあまり聞かれない声が漏れ聞こえるのが楽しい。

 タイトルは、セザンヌが用いた「サンサシオン(感覚)」から。山口さんによると、絵描きが何かを見たときに、感覚器が震えるような体験を指す。「個人が美術を巡る制度に絡め取られて」いるような状況下で、内発されるサンサシオンに立ち戻ろうというのだ。

 雪舟「四季山水図」、セザンヌの「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」とのセッションのコーナーや、東京パラリンピックのポスター原画、東京都心部のさまざまな時代と断層を描いた「東京圖(ず)1・0・4輪之段」などの鳥瞰(ちょうかん)図、日常の造形を集めたボックスなどもあり、展示は起伏に富んでいる。

【ART】山口晃さん「サンサシオン」展
セザンヌのコーナーで、文字と絵を加える山口晃さん

 とりわけ、前述の両作と真正面から向き合った展示は見応えがある。セザンヌとのセッションでは、同作を模写することからはじめ、セザンヌの色彩と筆致の意図を捉えようとする。

 雪舟については、二つの展示から、日本の美術の特性を提示する。「四季山水図」の展示は、あえて真正面から照明を当てた。そういえば以前山口さんを取材したときに、前面や横からぼんやり差し込む日本家屋の光と、それを利用した近代以前の表現について話していた。もちろんケースは反射で見えにくいが、ケース越しでしか鑑賞できないのが現代の美術館でもある。

 前室の白い空間「モスキートルーム」で〝目の体操〟をして、雪舟的世界をパノラマで表現した「アウトライン アナグラム」に入る。見るうち前景と後景があいまいになり、妙な奥行きが立ち上がる。西洋の遠近法とは異なる独特の奥行きを持ち、画中の風景で遊ぶ山水画の世界を立体で造ってしまった。そのばかばかしさと、意図を造形に十全に落とし込んだ驚きとが同時に迫ってくる。「見るとトリップしてしまう」(山口さん)という雪舟だが、実際、居合わせた人は「夢ってこんな感じよね」とつぶやいていた。

【ART】山口晃さん「サンサシオン」展
日々手を動かしていることが分かる「ちこちこの庭」のインスタレーション

 外的要因によってめまぐるしく変化してきた近代以降の日本の美術を批判的に捉え、画家の目とその背景にあるものを伝えようとする。展示を支えるものとして、多様な光(照明)の用い方も効果的だった。加えて「よく見る」ために、同展では鉛筆でのデッサンを可能にした。背景には、鑑賞を巡って規制が多い美術館への考えがある。大いに共感する。11月19日まで。

2023年10月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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